第2話 そして彼女は最後に古タイヤを釣り上げた。

「つまり」ゲーム機に目を向けたままKは口を開く。「あの子とヨリを戻したいてこと?…あ、でっかいさかな」

「いや、そういうわけじゃないんだ。なんていうか…もうちょい右にスティックを傾けて…そうそう」

浮きが沈んだ瞬間、彼女の指が跳ねる。魚影はぽちゃんと馬鹿にしたような音を立てて海底へ消えていった。

「難しいよこれ」Kがため息まじりに呟く。

「画面だとワンテンポ遅れるから、餌を突かれた時の音が大事なんだ」

「なるほど音ね…で、なんだっけ?ああ、元カノが忘れられないって話だっけ。いいじゃんもう。半年でしょ別れてから」

「5ヶ月だ」すかさず訂正する。「正確には」

どっちでもいいけど、とKはこちらに目を向ける。

「復縁したいわけでもなく5ヶ月も前に別れた元カノがフラッシュバックするって全然わかんないんだけど。別れたらもうそれでおしまいじゃない?」

「それはそうだけどさ」真っ直ぐな目線に堪らず目を伏せてしまう。

「逆によくそんなすぐに立ち直れるな。Kだって色々恋愛であったろうに」

「そりゃあることにはあるけど」彼女はまた海に向かって釣り竿を投げる。深海魚が釣りたいらしいが、一向に姿を見せない。「別れたら、忘れちゃう」

「羨ましいな」出会った人のことを忘れないことにも意味があるんじゃないか、という言葉は飲み込んで、率直な感想を口に出す。「僕も忘れたい」他人に忘れられることが怖い僕には到底できる芸当じゃないけれど。

「ねえ、それより本当に深海魚なんているの?」

彼女の釣りチャレンジは、講義が始まる直前まで続いた。

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変人日記 ミゾイリコウ @mizoy_rikou

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