変人日記
ミゾイリコウ
第1話 ある夏の日、僕はジュースを買った。
日々の小説
暑い。日本は四季が美しいというが、こう暴力的に暑くされると美しさなんてはきだめに捨ててしまえとすら思ってしまう。やはり春。あのあの寝ぼけた空気が懐かしい…
あと8ヶ月。毎年のように思うことだが、今年は耐え切れるだろうか。
いつもの帰り道、大学の最寄駅。監視カメラと、毎年のようにその上に作られる燕の巣。気怠い熱風。カラフルなジュース屋。人、人、人…見飽きた光景だ。
ふとジュース屋の前で立ち止まる。この駅に降りるようになって4年半が経つが、そういえば一回もこの店に立ち寄ったことがない。
メニューを見ると、バナナジュースを筆頭に彩り豊かな写真たちが目に飛び込んできた。そういえばひさしく飲んでいない。折角だ、買ってみよう。
駅に併設された店舗というだけあって、店員が動くスペースはほぼない。四歩で端から端まで済んでしまう。後ろにはジューサーがいくつか。シンプルな間取りだ。
独特な音を立てて回る機械を眺めながら、ふと店員の眼を貰ってみたいなどと考えた。景色は共有できても世界は個人のものだ。このありきたりな風景も、うだるような暑さもこの女性から見たらまた違った味わいがあるはずだ…。
まさか眼を狙われているなどとは露にも考えていないであろう店員からお釣りとジュースを受け取る。ひんやりとした感触が心地よい。
いそいそとバナナジュースを手に改札を通る。ホームへ降りるエスカレーターに乗りながら、マスクを少しずらして隙間からストローを含む。冷たい液体が口の中を満たし、間も無く喉を伝っていく。すっと身体の熱が引いていくのを感じる。ねっとりとした、どことなく青臭い甘さの影からミルクがじ顔を覗かせる。懐かしい味だ。
ふと前に立っているサラリーマン風の男を一瞥する。彼ならこの味をどう表現するのだろうか。もしかしたらどうしようもなく批判するかもしれないことに気づいた時、無性に可笑しくなって、同時に少し怖くなった。
他人と違うということは当たり前だ。その当たり前を忘れた途端、我々は中世の罪なき農民となって魔女を火にかけるのだ…
そんな飛躍した考えとは裏腹に、Twitterにバナナジュースを買った事を報告する。すると最寄りが近い後輩から直ぐに返信が来た。
今○○駅にいますよね?途中の××のスタバ前で待ってるので一緒に帰りましょう。
今月の新作は既に予習済みだ。金額は覚えている。財布の中をちらりと確認する。…少し余裕はある。
久々のバナナジュースは少し高くつきそうだ。
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