異世界召喚者の事情

 すっかり目の前のお客さんの事を放り出して念話に集中してしまった。


「あぁ、すまない。結論から言わせてもらいたいのだが」


 このお客さんの願いは叶えてやれないしな。


 そんな希望に満ちた目で俺を見られても困るのだが……。えー、凄い言いにくいよ。


「何処の誰が吹き込んだのかは知らないが、この城には魔王と呼ばれる人物は存在しない」


「そんな……。じゃあ、一体私はどうしたら良いのよ!」


 どうしたら良いのよって……どうしましょうね。いや、ホントに。


 お客さんはその場で崩れ落ちる様に膝をつき、項垂れてしまった。


「あ――、いや、そのなんだ。元の世界に帰りたい理由とかあるのか?」


 そりゃあるだろうけど、何となく話さなきゃな雰囲気だったからな。


 俺の声に応える様に顔を上げ、お客さんは俺の事を凝視している。


 よく見ると美少年って感じだな。何で男って判断したかって?


 いや、それは――。





 胸が無いし、ぱっと見、股間にアレがある。女性だとしたら不自然な膨らみが。


「私、こっちの世界?に来てから、一日だけ教会みたいな所でお世話になったの」


 お客さんは、何か、覚悟を決めた表情でポツポツと語り出した。


 あれ、これ長くなる?


「最初は夢だと思ってたし、とりあえず夢から覚めるまで流れに任せてみよう。そんな感じだったの」


 となると、このお客さんも眠っている時に召喚されたという事か。


「夢だと思ってたんだけど……」


「夢じゃないと確信した何かが起こった。と」


 お客さんの話に相槌を打つ。


 夢では説明がつかない事もあるんだろうしな。


「私ね、こんななり・・だけど……本当は女なの」


「ん?まぁ、世の中色々な事情もあるだろうし、特に気にする事では無いと思うんだが」


 心と体の性別が違う。それは別に気にする事でも無いと思ってるからなぁ。


 そういう人も居るだろうし。そんな事気にした事も無いからな。


「違うの!」


 お客さんは叫んだ。


 あれ、俺何か間違えたかな……。


「私!女だったの!この世界に来るまで!」


 えーっと……。


「つ……たのよ……」


 言いにくいのか、小声でよく聞き取れなかった。


「済まない、もう一度聞かせて貰えるだろうか」


 俺の言葉に、お客さんは息を吸い込み――、


「17年間生きてきて、触れた事も見た事も物が・・ついてたのよ!」


 そういってお客さんは顔を両手で覆いながら泣き出してしまった。


「……」


 俺、絶句。


 マジで何してんの?それってもう、軽く転生だからね?


 いや、この場合異世界転性?


「異世界転性で小説掛けそうだな」なんて言いそうになったけど駄目だ。そんな事言ったら絶対に怒られる。


 いつから俺はこんなラノベ作者みたいな思考になったんだ?


 いや、それはまぁいいか。


 まずは、この泣き続けているお客さんをどうにかせねば……。


「あ――、なんだ。その、俺は今のままでも可愛いと思うぞ」


「全然……慰めになってないわよ……」


 お客さんは、俺をバカにしたように答えた。


「だよな……すまん」


 正直、この泣いている表情とか、たまr……コホン。


「変な人。はぁ――。ごめんなさい、取り乱して……」


 涙を拭き、その場で力を抜く様に座り込んだ。


「ありがと、きっと励ましてくれたのよね。……下手だけど」


 そう言いながらクスクスと笑うお客さん。


 泣いたと思ったら笑うとか。忙しいな、ほんとに。


「その、なんだ。元の世界に帰してやる事は出来ないが、少しだけ協力する事は出来る。例えば、身体を女性にするとか――」


「ほんとに?!」


 お客さんは立ち上がり、俺に後数歩の所まで近づいて来た。


 近いって。


「あ、あぁ。どういった原理で性別が反転したか分からないからな。完全にとはいかないが、試してみる価値はある。その程度だ。効果の保証は出来かねる」


 俺自体試したことは無いし、面白そうだから入手した物だしな。


「帰れないのなら、それを試させて!お願い!」


 俺は詰め寄られ、手を握られながらお願いされている。


 いーや、ズルい!これはずるい!


 あざといと言うべきかっ。


「わ、分かったから少し離れてくれ……」


 俺の言葉にハッとしながら手を離し、少しだけ後ろに下がるお客さん。


 その照れた表情もとっても……コホン。


「ごめんなさい、私ったら……」


 いや、それが演技だったらマジで人間不信になるからね?


「ふぅ――、まぁ、何だ。そうは言うものの、君は私の事を信用はしていないだろう?」


 まぁ、おれの場合は信用するしないの問題では無いのだけどね。


 もし仮に、このお客さんがスパイか何かだったとしても大した問題では無い。だが、このお客さんからしたら、俺の事を信用して訳の分からない試みを受け入れる事なんて普通に考えて出来ないハズなんだ。


「え、私は信用してるよ?」


 してました。信用されてました。


「ん?いや、しかし――」


「貴方はどうしたら私を信用してくれる?」


 逆にね!


 いや、信用ねぇ……。


 やっぱり身体は男同士なので、一緒に風呂で汗を流してだな……。


 駄目だろうな。


 仮に一緒に入浴したとして、お客さんの恥ずかしがる姿が容易に想像できる。


「やっぱり恥ずかしい!」


 とか言いながら自分の身体を隠して、風呂から走り去る姿……。


 いかん。新しい何かに・・・目覚めてしまっては困る。俺が。


「信用も何も、君は大事な事を打ち明けてくれたでは無いか。それに、君みたいな可愛い子・・・・は大歓迎だしな」


「え、それって」


「そうだな。俺達の仲間になるって事でどうだろうか」


 まぁ、一人増えた所で何も変わらないしな。


 あれ?これって男の娘になるの?いや、いきなり女性に戻る事は考え辛いから、戻る過程では――……両方?!


 いやいや持て待て。落ち着け、俺。


 何だ、つまり、女性の身体に戻りつつ、アレが残る様な事があれば……。


「仲間にしてくれるの?」


 いかん、妄想が楽しすぎて――じゃない、今後について考えていてお客さんを忘れてた。


 そうか、この美少年が美少女に――。



 良いじゃ無いか。


「勿論だ」


 この時の俺は、さぞ清々しい笑顔だったに違いない。


「まぁ、まずは風呂にでも入って落ち着いたら良いと思うぞ」


 覗き見なんてしないよ?まだ。


「え、お風呂なんてあるの?!」


 そりゃ驚くよな。


「あぁ、色々あるだろうから一人でゆっくりしてくると良い。あぁ、忘れるところだった。名前を聞いても良いか?」


 このままだと、ずっとお客さんって呼びそうだからな。


「白鳥 司よ。つかさって呼ばれてるわ。貴方は?」


「私は……イースとでも呼んでくれ」


 魔王とは呼ばせないぜっ。


「これから宜しくね、イースっ」


 そう言って、またもや俺に近付き、今度は握手を求めて来た。


 差し出された手を握り返し、


「こちらこそ宜しくな」


 そう返すのだった。


  


 


 こうして、俺の城は賑やかになっていくのだった。

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