カグラvs元勇者(後編)

 レンヤにとってリームは出会って数時間の関係である。


 セント・ルーナから帰って、連れ去ったフィーネルをぐちょぐちょのぬとぬとに調教するための小間使いである。


 そうでなくとも、レンヤはこれから先リームと長い付き合いをしていくつもりだったし。自分の性癖を曝け出して。本番まではいけなかったけれども、一緒にフィーネルを弄った仲だった。


 それ故に、レンヤは既にリームに『友情』に似た何かを感じ取っていた。だから


「リームを、リームを殺して。あいつは、なにも悪いことなんてしてないじゃないか。なのに……オマエらには人の心が無いのか??!!!!」


 レンヤは怒りに吠える。


「悪いことをしていない? フィーネルを辱めておいてよくもまぁそんなことを言えましたね。心まで悪魔に成り下がりましたか?」


 セラフィが、レンヤを更に怒らせる。


 レンヤはひたすらに怒っていた。


 カグラが自らの能力を隠して、レンヤを内心嘲笑ってきたこと。「不快にさせた」の一点張りで誠意のかけらも無い、煽っているかのような謝罪で神経を逆なでしてきたこと。

 そして今も。初めてカグラに負けたときも、セラフィが笑ってきたこと。


 レンヤは常に針のむしろに座っているかのような感覚を覚えていた。


 この場に、この世界にレンヤの見方なんて居ない。


 孤独、哀しみ、怒り、絶望。

 ありとあらゆる負の感情はレンヤの内心を渦巻き、それがやがて黒い靄にも影響を及ぼし始める。


「よくも、よくも。カグラァアア!! てめえを、ぶっ殺して。セラフィもフィーネルもレリアもティールも。リームの分までオマエらが泣いて許しを請うても、死にたくなるまでぶち犯してやる!!!!!!!」


 瞬間、レンヤを纏う負のオーラが爆ぜた。


 黒い靄が広がり、どす黒いだけだった聖剣は鋸のようなギザギザの棘が生え。角も翼も大きくそして禍々しく。

 筋肉も一つ一つが膨張し。


 レンヤは膨れあがった。


「ふふっ。ふはははっ。カグラ。やっぱり俺は勇者だったみたいだ。世界の主人公だったみたいだよ、カグラ。

 この土壇場で、圧倒的な力に覚醒した。お前はもう俺には勝てない」


 レンヤは最早、人間の面影なんて残っていなかった。




                    ◇





 レンヤの姿が揺らぎ、そして消えた。


「こっちだよ」


 後ろから聞こえた声に咄嗟に受け身をとるが、レンヤの攻撃は打撃じゃない。流々と流しを試みるけど、重くて早いから、少し肉を切られてしまう。

 血飛沫が飛び散る。


「瞬歩。無刀流『聖刻真一文字斬りセイント・スラッシュセイバー』」


「見えた!!!」


 瞬歩による高速の斬撃は、ギリギリのところでレンヤに躱されてしまう。

 まぁ、剣じゃなくて徒手空拳だから。そんなギリギリの躱し方をされたところで、『裏拳』

 そのまま拳でレンヤのがら空きの脇腹を殴りつける。


「うぐっ……でも、痛く。ねえ!!!」


 そのまま俺も側頭部を、拳で殴られてしまった。

 軽く身体が吹き飛ぶ。


 重い。頭蓋に罅が入ったかのような錯覚を覚える。いや、本当に罅が入ったのかもしれない。ただ、一つだけ言えることは今の状況はかなりヤバいと言うことだ。

 今のレンヤは悪魔であるがしかし、何故か未だルーナ様の加護がある。


 それ故に聖気を流し込んでも致命打にならず、それでいながら単純な物理攻撃も、持ち前の再生力で無効化されてしまう。

 さっきまでの状態なら、まだ俺がダメージ喰らってない分。いつかは殺し尽くせる気がしないでもなかったが、今となっては俺も殴られるように斬られるようになってしまった。


 このままだと、じりじりと斬られ殴られ。


 体力も気力も再生力も無限じゃない俺はジリ貧になっていつか負けてしまう。


 このままだと、勝つ術なんてなかった。


 俺は徐に両手を上げた。


「降参だ」


「は?」


「降参だ。レンヤ、お前の勝ちだよ」


 俺は両手を挙げたまま、素直に負けを認めた。出来れば俺が降参をしたのだから許して欲しい。見逃して欲しい。

 出来れば自殺して欲しい。


 ただ、流石にそんなことはなく。


「はっ、今更降参ってなんだよ。どこまでもお前は、俺を馬鹿にしてんのか? それとも、大人しくセラフィたちを差し出して、お前は殺される覚悟が出来たってのか?なぁ、おい」


 レンヤは苛立たしそうに、剣でトントンと肩を叩く。


「いや、純粋に俺じゃもう。今のレンヤには勝つ術がないんだ。後生だから、見逃してくれないか?」


「土下座したら……いや、男の土下座なんかみてもつまんねえ。やっぱり死ね!!」


 レンヤは剣を大振りに振りかぶってくる。


 ギザギザのせいで却って斬れ味が悪くなってそうな剣。耳を澄ませば歴々代々の魔王の怨嗟が聞こえるような、そんな禍々しさがある剣。

 斬られたら呪われそうだ。痛そうだ。


 俺は精神を集中させ、魂を循環させる。


 もう、今から俺の身体は俺のものじゃなくなる。――本当は使いたくなかった。使わずに済むならそれに越したことは無かった。

 俺に、この――奥の手を使わせただけで、レンヤこの勝負はお前の勝ちだ。


 負け戦で良い。だからレンヤ、お前の命は地獄に持って行く――


「神降ろし『戦神の舞』」




                 ◇




 掲げた両手から、神様が降りてくる感覚。


 降参と言ったのは、両手を挙げて神様がカグラの身体に降りてくるまでに邪魔されないための時間稼ぎである。

 そして先ほどの謝罪はワンチャンス、レンヤの気が変わるのを狙っていた以上に、こうして両手を挙げたときに邪魔される確率を少しでも減らす意図もあった。


 カグラの両手から、丁度以前使っていて魔王の居城に置いてきた、儀式用の剣と同じシルエットの光が出現する。


 神降ろし――戦神神楽。今のカグラはまんま、戦神の力を持っている。


「斬」


 呟くと同時に、レンヤの四肢が首が胴から離れていく。


「なっ?」


 何が起こったのか、レンヤには全く解らなかった。さっきの、さっきまでのカグラの瞬歩にまでは対応できたのに、また、何も見えなくなってしまった。


 レンヤは確かに強くなった。

 悪魔に落ち、成長し、覚醒し。素のカグラをようやく越えたのに、カグラはまだ奥の手があった。


「カグラァ……」


 てめぇ、まだ隠してたのか。クソがァァアアア!!!!


 そんな、怒りの怨嗟でさえも「斬」「斬」「斬」と目に終えない速度で斬られるレンヤには叫ぶことすら出来ない。

 痛かった。苦しかった。悔しかった。


 切られる度に、人間。悪魔。両方の姿を行ったり来たりする。


 高速で、何度も何度も。その度に奪われていく体力。治しているだけでは、回復が追いつかないほどの圧倒的な力量差。

 そして、痛み。切られる度に筋繊維が、骨が、皮が、内臓が。毒物を塗ったような刃物で何度も何度も何度も切り刻まれている。


 レンヤはほぼ不死身だった。


 でも、不死身だからこそ。何度も、何度も、何度も、何度も。切り刻まれる痛みに苦しみに、耐えなければならなかった。


 苦しみの絶叫すらも吐き出すことは許されなかった。


「殺して……」


 殺して。死にたい。レンヤは思う。――あるいは、放棄すれば。生きるのを諦めれば、この無限とも思われる激痛の連鎖から逃れられるのでは無いだろうか? と。

 ポタリ。ポタリ。ペタリ。


 生暖かい血が、レンヤの頬につく。


 それはカグラの血だった。

 カグラは人間の身でありながら、今、神様を宿しているのだ。生身で、人間よりも圧倒的に強大な神の力を。


 耐えられるはずが無い。時間制限が無いはずが無い。


 本来なら、レンヤがずっと再生し続ければ。死にさえしなければ、カグラは戦神の舞の時間制限がやってくる。

 でも、それを上回る圧倒的な速度。パワー。


 斬られ続けて、痛めつけられ続けて。視界も感覚も閉ざされたレンヤは、カグラの返り血程度の些細な変化には気付くことが出来ない。


「(時間がない。急げ――この間に殺しきるんだ!!!)」


 カグラは加速する。そして、レンヤは更に加速する痛みに。斬撃に。再生を、生きることを放棄した。

 レンヤは血飛沫となって、木っ端微塵の粉みじんに爆散し霧散する。


「祓った――レンヤ。そんなに強いなら、お前に魔王を倒して欲しかったよ」


 宿した戦神が身体から抜け、カグラはその場でバタリと倒れ込む。


「カグラ様!!」

「カグラ様!!」

「カグラくん!!」

「カグラさんっ!!」


 倒れたカグラの元には、セラフィ。フィーネル。レリア。ティール。勇者だったレンヤが悪魔になってまで、ものにしようと思った女の子たちが、カグラを想って、カグラの元へ駆けつける。


 レンヤは、悪魔に墜ちたレンヤは跡形も残さないほど。カグラに切り刻まれて、祓われた。悪魔として。

 レンヤは誰にも想われることなく、粉みじんになって世界から消え去った――

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