カグラvs元勇者(前編)
親父が魔王に呑まれてしまわないように、仮の祭壇として長年使ってきた儀式用の刃がない銅剣は置いてきてしまった。
故に、黒く靄が掛かり、どす黒く染まった聖剣を持つレンヤ相手に俺は素手で挑まなければならない。
いや、それだけじゃない。
俺は、今結構疲れていた。
舞神の神子は三日三晩動いた程度じゃ疲れはしない。そんな柔な鍛え方はされていない。でも、初めて祈り、叶った転移は想像以上に俺の体力を奪っていた。
状況は依然として不利。
でも、俺は負けない。負けられない。
舞神の神子として、一人の男として守りたいものが、守りたい者が在るから。
神様、どうか俺に。あの悪魔に成り果てたかつての仲間を斃す力をお貸しください
「武闘神楽『剣の舞』!!」
「剣の舞? はっ、剣もないのに、なにが剣の舞だ」
剣ならある。
神経が、感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。神様が俺の右腕と左腕に宿り、力を貸してくれる。そんな実感が明確に湧いてくる。
ルーナ教会が聖騎士に与える業物の鋼剣――それに宿そうとすれば、瞬く間に鋼を崩壊させる神様が、俺の腕に良く馴染んだ。
「無刀剣術――『
瞬歩。山一つをたった一歩で移動する神速の移動術で、レンヤの胴を手刀で十字に刻んだ。
◇
見えなかった。
腹を十字に、深く刻み込まれた激痛。後ろに移動したカグラの気配。気付いたときには既に、レンヤは斬られていた。
悪魔の力を得て、確実に強くなったのに、見えなかった。
素手なのに、今の聖刻十字切りは明らかに剣を持ったティール――いや、どの聖騎士よりも強かった。
「カグラ、てめぇ……。でもなぁ、この程度じゃ俺は死なねえんだよ!!!」
悪魔の姿を解いて浸食される神の気配を断ち斬った。傷を癒やしたレンヤは吠える。しかし、カグラの聖刻十字切りはまだ始まってすら居ないのだ。
突如、レンヤは謎の引力のようなものに引きつけられ見えない十字架に磔にされるそんな感覚を覚えた。
ゆーっくりとしたに倒れ込んでいく。
ギュゥゥゥ、バタン。
そんな音が聞こえた。そう思ったら視界は真っ暗に染まっていた。
◇
聖刻十字切り――神子になってから使うと、副効果でよく解らないことになってしまうようになった。
「やった?」
「流石カグラくん、瞬殺だね」
そんなレリアとティールの声が聞こえる。
でも――ボゴリ。
土の中から手が這い出てくる。
一瞬消えたと思った黒い靄は錯覚だったのか、戻りきっていて。しかし、今の俺にはコウモリの皮膜のようなものが背中から生え、頭から角が生えた。
完全に、悪魔の姿に成り果ててしまったレンヤの姿が見えた。
「……レンヤ、醜いな」
「な、なんだと、カグラァァァアアア!!!! 今まで散々力を隠して来やがって。勇者パーティでも本当は内心俺を嗤ってたんだろ!!!!」
レンヤは怒っていた。俺の言葉を皮切りに、募る恨みを吐き出すように。
「セラフィもティールもレリアも。お前を追い出したら、みーんなお前についていった。本当は仲間内でデキていやがったんだな? そうだな!?
それなのに、わざと追放を受け入れて。一人に俺を嗤っていたんだろ??!!!」
「いや、違う」
「何が違うんだ!!!!」
「確かに、俺は力を隠していた。――本当はそういうわけじゃ無いけど、でも現状、そう思われても仕方が無いことをしたと思う。
それで、不快な思いをさせたんだったら申し訳なかった。ごめん。それは謝る」
俺は頭を下げる。
ただ、あの時はルーナ教の聖騎士として。一度神楽から離れて、ルーナ教の剣術、ルーナ教の祈りを楽しみたかったんだ。
それだけで、やっていきたかったんだ。
でも、そんなのは言い訳に過ぎない。
「でも、セラフィやレリアやティールが俺についてきたのは正直予想外だった。俺が勇者パーティの追放はただ、実家の家業を継ぐ良い機会だと思っただけなんだ。
ただ、結果としてレンヤ。お前に不快な思いをさせたことは事実だ。申し訳ないことをした」
俺は誠心誠意謝った。
レンヤが悪魔になった原因は、恐らく俺だ。だから、俺が謝れば悪魔になった理由も失せて、改心してくれるかもしれない。
もしかしたら、レンヤなら悪魔の誘惑すらも今からでも断ち切って人間に戻ってくれるかもしれない。
レンヤはかつての仲間で、だからこそ。本音を言えば人間に戻って欲しい。
レンヤは悪魔の姿と人間の姿を入れ替えることができる。それは、人間から悪魔になった他の奴には出来ない芸当だ。
だからあるいは……。俺が頭を下げる程度で、レンヤの溜飲が収まるなら安いものなのだ。
「……いうところだ。そういうところだ、カグラァァアアアア!!!!!!」
ただ、レンヤには俺の誠意は届かなかった。
「お前は、お前はお前はお前は、いっつもそうやってそうやってそうやって俺を追い詰めてくるんだ!!!! それだけ馬鹿にすれば気が済む。どれだけコケにすれば気が済む。どれだけ俺を見下せば気が済むんだァアアアア!!!!」
レンヤは泣いていた。血涙を流すほどに泣いていた。
「悪かった。不快な思いをさせた。本当に俺が悪かった」
俺は、レンヤがなにに怒ってるか解らない。それでも、とりあえず気を宥めて貰うために平謝りした。
しかし、レンヤには届かない。
「お前はいつもそうだった。お前に謝られると、どうしようもどうしようもどうしようもなくなるくらいに、ムカつくんだよォォオオオオオ!!!!!
死ね!!! カグラァアア!!!!!!!」
レンヤは力任せにどす黒い聖剣を俺に振りかぶってくる。
挑発の意図は無かった。でも、怒りに身を任せた攻撃は単純だ。
流々と素手でも舞うように、レンヤの剣を流して
「『剣の舞』――改め『拳の舞』」
レンヤの脇腹を拳で貫通させる。
「ぐっ、ふぅぁ!!」
ティールの技だけど
「内臓盗り――『腹の中のなんかの臓物スティール』」
貫通した脇腹から適当に、レンヤの臓物をえぐり出す。
交渉決裂だ。こんなに怒り狂ったレンヤはもう、人間に戻るつもりなんてないのだろう。
「そ、そんな技じゃ無いですっ!」
ティールのツッコミが聞こえた気がした。
「カグラァァアァァアア!!! あ? なんで、フィーネルが」
「カグラ様!!!」
とりだした内臓の重さ分の聖気を注ぎ込み、悪魔としてのレンヤを侵食する気配をレンヤは人間に戻りながら帳消しにして、悪魔に戻り傷を回復させる。
しかし、その怒りは呆然へと変わり、視線は経った今、鴉の着地点から舞神大社の鳥居をくぐるまでやってきたセラフィが抱えるフィーネルに注がれていた。
「おい、お前。フィーネル。なんで、てめえがここに居るんだ?」
「なんでって、魔王の居城から助けてきました。レンヤ、貴方よくも私のかわいい妹を辱めてくれましたね?」
「お、おい。じゃ、じゃあリームはどうした?」
「リームってだれですか?」
「あの、お姉ちゃんが祓った悪魔です」
「あぁ、あいつですか。あの変な液を出してくる」
レンヤは俺への怒りを忘れて、ふつふつと気色の悪い笑みを浮かべていた。
「リームを祓った? セラフィ――お前は、あいつを殺したのか?」
いや、笑ってるんじゃない。怒っているのか。
「そうですね。まぁ、悪魔は一様に土に還すべきですし。仕方ないことです」
「セラフィ、テメェええええええ!!!!!!!」
レンヤは泣きながら、翼を広げセラフィに襲いかかろうとする。
でも、それを俺がいる状況下で許すわけ、ないだろ。
「あぎゅっ!?」
俺はレンヤの、さっきえぐり取った脇腹の部分に強烈な回し蹴りを入れた。
吹っ飛ばないように、衝撃だけを送ったから。レンヤはその場で撃墜し。痛みに悶えていた。
「くそぉ、くそぉ」
元勇者は涙を流すが、既に悪魔なのだ。慈悲は無い。
「レンヤ、今からお前を祓うぞ――」
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