祈祷師は祈る、さすれば間に合う
聖女服がぬとぬとの液体に濡らされて、ボディラインにぴっちりと張り付いたセラフィと、殆ど全裸のフィーネルが抱き合っているところに遭遇してしまった。
魔王の居城で何やってるんだよ!! って思って、突然の光景に戸惑って思わずドアを閉めてしまったけど、冷静に考えればきっとレンヤの野郎に攫われたフィーネルはきっと酷い目に遭わされたのだろう。
もしかしたら、既に純潔が散らされているのかもしれない。
俺が、間に合わなかったばっかりに……。
悔いは残る。
この部屋に残る、淫魔の残滓。恐らく、セラフィの聖女服についていたぬとぬとはフィーネルを辱めていた悪魔の出したもので、きっとセラフィが倒して。
それで、抱き合っていたところに俺が偶々遭遇してしまったのだろう。
だとしたら、そんなところに無粋に入っていってしまったことも。それを見て、戸惑ってしまったことも恥じる入るべきことだ。
だが、そんな謝罪や反省をする時間すらも今は惜しかった。
「セラフィ、フィーネル。……詳細は省くけど、舞神大社が今レンヤのやつに襲撃されているらしい!!!」
ガタガタッ、とドアの向こうで慌ただしい音が聞こえたと思ったら、ボロボロに破けたルーナ教のシスター服を無理矢理纏ったフィーネルと、ぬとぬとの液体を被った聖女服のままのセラフィが出てくる。
「そう言うことでしたら、一刻を争います。急いで、帰りましょう」
「その、カグラ様。助けに来てくれてありがとうございました」
フィーネルは出てきて、深く頭を下げてくる。
俺は、フィーネルの頭にポンと手を置いて
「いや。間に合えなくって、ごめん」
「そんなこと、ありません!! 元々私の慢心が原因ですし……それに、カグラ様は間に合ってくれました。
だから、きっとその……舞神大社にも間に合うと思います!!」
「ありがとう。じゃ、二人とも鴉に乗って。魔王城を出るよ」
「「はい!!」」
セラフィもフィーネルも、大きくなった八咫烏の背中に乗る。
ただ、こう。今すぐ向かおうって雰囲気にしといてなんだけど、やっぱり気になることがあった。
「……その、着替えるくらいは普通に待つけど……」
「そ、その……替えの服、持ってきてなくて!!」
「お、お見苦しいとは思いますが……ご容赦いただけると助かります」
いや、見苦しいというか。むしろ逆で、目のやり場に困るのだ。
なるべく見ないようにしたいけど、鴉の上に乗って移動している以上事故で落ちたりしないように目を離したくないし。
そんな葛藤に悩んでいたら、セラフィはいきなり聖女服を脱ぎだして下着姿になった。
「ええ!?」
「す、済みません。やっぱりサキュバスの体液に浸かった服を着続けるのは、流石に辛くて」
「い、いやごめん。セラフィも大変なのに。こんなことで一々取り乱しちゃって」
俺は、まだまだ修行が足りていないらしい。
セラフィが頑張って悪魔を倒して、その結果なのに。それで肌を見てしまって、動揺しちゃうし。
俺が動揺すれば、セラフィも恥ずかしい思いをするだろうに。
それに、フィーネルを助けるのにも間に合わなかった。
本人は間に合ったと、俺に気を遣って入ってくれたが。レンヤに攫われて、あんな裸みたいな格好でいたフィーネルが無事だったわけが無いのだ。
俺が、セント・ルーナに間に合わなかったせいでフィーネルは辛い思いをした。
さっきだって、魔王に取り込まれてしまった親父を助けられなかった。
育ての親も助けられずに、剣だけ置いて帰ってしまった。俺はなんと薄情な人間なんだろう。
そして、今俺は――親父が舞神大社ががレンヤに襲撃されていると言っていたからこうして大急ぎで向かっているけど、絶対に今のペースじゃ間に合わない。
魔王の居城から舞神大社まで四日かかるのだ。
「八咫烏、もっと速度上げられないか?」
「ガァァァァ!! 無理だ、これ以上はオマエらが振り落とされる!!!」
今だって、ルーナ教最速の聖鳥を遙かに超える速度で八咫烏は飛んでいるのだ。責めることは出来ない。
俺は、考えていた。
――このままじゃ、間に合わない。また、間に合わないのか? と。
舞神大社には、レリアとティールが残っている。
レリアもティールも強いけど、レリアのような魔法使いはは魔法耐性が凄まじい、悪魔に対して根本的に相性が悪く。
ティールのような軽戦士は、勇者のように鎧で攻撃を受けて聖剣で返す重戦士よりの相手との戦いは、分が悪かった。
レンヤが舞神に到着してから、戦えばもって一五分程度だろう。
その後はどうなる?
レリアとティールはレンヤに酷い目に遭わされるだろう。
犯されるのか、殴られるのか、斬られるのかはわからないけど。きっと、苦しくて辛くて泣きたくなるような目に遭わされる。
そして、レンヤは悪魔として態々舞神大社に殴り込みに来たんだ。
歴々代々の舞神の神子さんたちが何千、何万との戦いを経て。どうしても殺しきれなかった厄介な魔物が封印されているあのお社『百妖箱』を破壊して、封印を解き放つつもりなのかもしれない。
もし、あのお社が破壊されたら世界が滅ぶ。
滅ばなくても、多くの人が死ぬ。苦しむ。哀しい目に遭う。
急げ。急げ。急げ。早く帰らないと、取り返しのつかないことになってしまう。
俺がどれだけ焦っても、鴉は変わらず全速力で飛んでいる。
このままじゃ、四日かかってしまう。
レミバーンの時、グテーレスがなにかを起こす前に倒せたのは言ってしまえば奇跡だった。
鴉が鳴いてから、何日も掛けて移動するのだ。
本来、悪魔が数時間暴れれば街なんてあっけなく崩壊するのだ。俺が間に合わないのが当たり前なのだ。
でも、今回は――間に合いませんでした、じゃ澄まされないから。
俺は祈祷した。祈った。
「神様、神様。――舞神の神様。お願いします。どうか、どうか俺を今すぐに、舞神大社まで辿り着かせてください」
お願いします。神様。どうか、お願いします。
俺は、立ち上がり鴉の上で舞った。何の型でも無い、ただただ『舞神の基礎』となる原初の舞。代替わりするときに舞ったあの舞。
俺は、神様に。舞神を神子を守り力を貸してくれた神様に声が届けと祈りながら、舞った。
言うなれば―――
「祈祷神楽『懇願の舞』改め――『転移の舞』」
空間よ、歪め!!!!!!
俺の祈りは、懇願は通じた。空間が歪み、頭痛がするほどの『吸い込まれる感触』と共に、空のずっと空だった景色が、歪み、一瞬で見覚えのある森の景色に移り変わる。
鴉がドォォォンと音を立てそうな勢いで、木々に突入していく。
でも、着いた。
山が一つ分ずれてしまったけど、それでもここは舞神大社の敷地内だ。
俺は瞬歩で、舞神大社の本殿がある場所に移動した。
本殿では、黒い靄に包まれ一瞬魔王かと見紛う姿のレンヤがティールを逆さに掴み上げ、ティールは辛そうな表情で呻いている。
レリアは、悔しそうな表情でローブのボタンを外していた。
なんとなく、状況が解った。
怒りは、冷静さを奪い俺を弱くする。
カッと頭に血が上るのをどうにか抑え、俺は冷ややかな目で目の前の悪魔を見据えていた。
「ごめん。お待たせ」
俺は、レリアとティールに。到着が遅れてしまったことを詫びる。
そして、それ以上に俺は神経を研ぎ澄まし。今朝、教会でしたばかりの誓いを思い出していた。
――レンヤ。次会った時は、お前を確実に殺すときだ。
次会うときが、こんなにも早く訪れるとは思わなかった。思いたくもなかった。
でも、
「レンヤ。会ってしまった以上、お前の命日は――今日だ」
「へぇ、やってみろよ。殺して解らせてやるから」
かつての仲間を、いや。かつての仲間だからこそ。今日俺は、悪魔に落ちぶれてしまった元勇者、レンヤを祓う―――
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