元勇者vsティール&レリア

 大陸の東端から、船に乗って半日。

 島国に着いても、魔王に渡された地図に示される舞神大社は山脈の奥深くにあるっぽいので、そこに着くまで約二日半。


 計、三日の時が掛かってしまった。


 途中、舞神の分家を名乗る人たちに数人ほど襲いかかられたのも面倒だった。


 尤も、舞神大社を壊してしまえばこの国を丸ごと覆う舞神の結界が決壊し、魔王の転移・召喚も及ぶようになるから、帰りが楽なのは救いだが。


「……ったく。魔王のヤローも良いところで邪魔しやがって。帰ったらフィーネルもリームも――ついでにセラフィとかティール、レリアも連れ帰って全員ぐちゃぐちゃになるまで犯してやる……」


 特に、セラフィはレンヤに対して一番生意気な口を利いてきた。


 リームの催淫でとろとろにされたところを、妹のセラフィも一緒にぐちょぐちょにされたらどんな顔をするだろうか。

 レンヤは想像するだけで、興奮がとまらなかった。


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、聖剣をどす黒く染めていく。


 聖剣に屠られた歴代魔王の怨嗟が、黒い靄となって。まるで「我々の雪辱を果たしてくれ」と言わんばかりに悪魔化するレンヤを薄らと包み込む。

 今のレンヤの姿は、面影があるが。しかしそれでも、魔王と似て非なる異形の怪物に成り果てていた。


「ここが、舞神大社か。カグラの糞野郎の、故郷。あいつは、今ここにいるのか?」


 確かに、以前はレンヤがカグラを嘗めてかかったこともあって僅かに遅れをとってしまったかもしれない。

 だが、今はあの教皇すらも退けた最強の悪魔の力を手に入れた。


 聖剣だって、勇者の頃よりもよく手に馴染んでいる。


「今の俺なら、絶対に負けねえ」


 元勇者レンヤは、内心のどす黒い復讐心を胸に舞神大社の鳥居をくぐった。




                    ◇




「レリアさんっっっ!!!!!」


 カグラが出かけている間。


 疲れたカグラがいつ帰ってきても良いように、ティールが外を。レリアが家の中を役割分担していたときに、そいつは現れた。

 黒い靄に囲まれた、異形の怪物。どす黒い剣のようなものを持っていて、ゲタゲタと笑いながら


「ティール、久しぶり」


 と、声を掛けてくる。その声は初めて聞くほどに気持ち悪いのに、どこか聞き覚えがある声だった。

 その圧倒的な闇の気配に、家の中を掃除していたレリアも流石に気がつく。


「なに、こいつ……」


 そもそも、この舞神大社は島を丸ごと覆うほどの結界の中に、更に馬鹿みたいに強い魔除けの結界が張られている、パワースポットなのだ。

 なのに、目の前のそいつは間違いなく悪魔の姿をしていた。


 マナも見通せるレリアには、黒い靄の中にいるものが誰かわかってた。


「勇者、あんた。悪魔に成り下がったの?」


「成り下がったんじゃねえ。成り上がったんだ。レリア、マナが見えるお前ならひしひしと感じるだろ? この俺の圧倒的な力を!!!

 今この場で全裸になって股を開くってんなら、痛い目に遭わずに済ませるぜ?」


「頭湧いてんの? 死ね!!」


「その下品な発言……貴方、勇者さんっ、だったんですか……」


 ティールは二本の短剣を構え、いつでもレンヤを斬る構えをする。


 レリアも、魔法詠唱を何重にも唱え準備をした。


「ティール」


「解ってますっ!!」


 ティールの足下に出現する小さな竜巻の魔法。レリアの放ったそれにティールは自らの脚力を乗せて、加速する。

 ティールとレリアは元、パーティメンバーだった。


 それ故に、ティールが如何に人見知りでも。仲がスゴく良いと言うわけでなくとも十二分な連携は取れる。

 レリアの魔法は見事に素早いティールの動きを補助していた。


「『ライトニング・サンダー』!!」


 レリアの魔法が、レンヤに雷撃を落とす。しかし、レンヤは悪魔である。


 勇者の時点で、魔法耐性は極めて高かったのに。悪魔の力を得て、更に高くなってしまった。雷がつけたかすり傷なんて、悪魔の再生力で一瞬で消えてしまう。

 でも……


「三秒っ、動きが硬直しますよねっ!!」


 雷はありとあらゆる生物の筋肉を収縮させ、動きを止めることが出来る。


 そして、高速のティールにとって三秒という時間は十分すぎるほどに長い隙だ。


「カグラさんみたいに、祈れたり出来ないですけどっ!! ……『聖刻十字切りセイント・クロスセイバー』」



 それは本当に、悪魔に対する特効なんてないただの十字切り。


 でも、ティールの職業は剣士でも無ければ暗殺者でもない。紛れもない、盗賊なのである。ティールが斬り裂いたのは、レンヤの胸部。


「内臓盗り『ハート・スナッチ』」


 右手の短刀で、十字切りで開いた傷口からレンヤの心臓を刺してえぐり取る。

 盗賊の技、内臓盗り。


「で、これだけか?」


 レンヤは低い声で、そう呟いた。


 ティールは気付く。右手の剣が、抜けない。確かにレンヤの心臓を突き刺したはずなのに。黒い靄で見えづらいが、傷口は既に再生されていて。剣は勇者の胸に喰われて仕舞っていた。


 や、ヤバい!!!


 ティールは慌ててその場を離脱しようとするがレンヤはその前にティールの脚を掴んでしまう。


「離せっ、離してくださいっ!!」


 がしがしとレンヤを蹴って対抗するが、なんの意味もない。


「『ハリケーン・ウィンド』」


 レリアはかまいたちのような風をレンヤに向けつつ、自分はカグラがこっちに来るまでの時間稼ぎのために一度距離を取りつつ遠距離からちくちく突いて嫌がらせをする方向へシフトしようとする。

 ……魔法が利いてる素振りは殆どないけど、逃げ続けていればティールが痛めつけられることも無いだろう、と。


「俺も、飛べるんだよっ!!!」


 しかし、レンヤは翼を広げて。風に乗って遠くへ行こうとするレリアにあっさりと追いついてしまう。

 そのままレリアを地面にはたき落とした。


「あうっ!!!!」


「で、セラフィはどこにいんだよ。隠れてんのか?」


「セラフィは、今カグラとセント・ルーナに居るよ。探してんなら残念だったね。ざまぁみろ」


 地面にはたき落とされて、身体が死ぬほど痛む。

 それでも、レリアは強気に吐き捨ててレンヤを嗤った。


 レンヤはレリアのお腹をがっしりと踏みつける。


「うぐっ……お、女の子を足踏みするとは感心しないな。だから、モテない、うぐっ」


「はぁ。ただ、ティールもレリアも胸ないし犯すならセラフィが良いって思っただけだよ。あいつが一番俺を馬鹿にしたからな。

 でもレリア、お前俺を嗤ったよな? 馬鹿にしたよな」


「そうだけど?」


「れ、レリアさんっ!!!!」


 レンヤはレリアに掛ける重圧を追加しながら、


「不快だ。俺はスッゴく不快な思いをした。だから詫びろよ」


「誰がっ……」


 ゴギリ。

 レリアがレンヤにつばを吐きかけると、レンヤは容赦なく足首の骨を折った――ティールの。


「う、うぁぁぁあああっ!!!!!」


 痛みに、ティールは絶叫する。折れた足首を掴まれたまま宙づりにされているから、痛みは継続的で、地獄のような痛みだった。


「や、やめなさい!! わ、解った。謝るから!! あたしが悪かったから!! ……ティールに、酷いことしないで」


「は? やめなさい?」


「やめて、ください」


 レリアは悔しそうな表情で、敬語を使う。


「だったらそれ相応の誠意ってもんがあるだろ。全裸で土下座して、俺を馬鹿にしたことを謝罪して、股を開いて詫びる。それが誠意ってもんだ」


 意味がわからない。気色が悪い。


 悪魔に成り下がったこともそうだが、勇者パーティの頃から時々あった最低で最悪なセクハラも、レンヤの全てが気持ち悪かった。

 レンヤは、レンヤを蔑む目で見るレリアに当てつけるように折ったティールの足首を握りつぶす勢いで強く握った。


「あっ。ぎゃぁぁぁっ」


 悲鳴を上げても上げても収まることの無い激痛。苦しむティールを見かねてレリアは


「解った。脱ぐから。土下座、するから。……もう、ティールを痛めつけるのはやめて」


「それは、お前の態度次第だな。レリア」


 レンヤは好色な笑みを浮かべる。


「だ、ダメですっ!! レリアさんっ……私はっ、大丈夫ですからっ……そんなことしないでくださいっ!!!」


「大丈夫。それに、ティールを犠牲にして自分のプライドを押し通したら。それこそ、カグラくんに合わせる顔が無いから」


「ダメですっ!! レリアさんっ!!!!!!」


 ティールが叫ぶ。


 レリアは、魔法使いのローブのボタンを一枚一枚取っていく。

 本当は嫌だった。レンヤみたいなゴミ野郎の前で裸になるのも、土下座するのも。ましては股を開くのなんて、死んだ方がマシだった。

 いや、自分一人なら間違いなく魔法なり舌を噛むなりで、自死を選んだだろう。


 でも、ティールが居た。


 レンヤは卑怯にもティールを人質にとり、レリアに言うことを聞かせるためにティールを痛めつけた。

 そして、ティールはレリアにとって一年間辛い旅路を一緒に乗り越えた仲間で、同じ人を想うライバルである。


 本当はここで、ティールを見捨てて蹴落として。そっちの方が、あるいは一人競争相手が減るから、カグラが自分に振り向いてくれる可能性が上がるかもしれない。

 いや、上がらない。


 カグラは膨大で無数のマナを持つけど、どれも天使のように輝いていて澄んだマナなのだ。

 ここで、仲間を見捨ててしまえばカグラに嫌われてしまう。


 でも、嫌だ。


「(カグラくん)」

「(カグラさんっ)」


 ―――助けて!!!!!


 その刹那、空気が歪み空間が揺らいだ。唐突に現れた莫大で清らかなマナの気配。聞き覚えのある、力強くて穏やかな声。


「ごめん。お待たせ」


 そこに居たのは紛れもなく、カグラだった。

 カグラが、帰ってきた――――

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