無能はいらないと追放されたけど、無能は勇者だった件
目が醒めると、俺を取り囲むようにセラフィとフィーネルがいた。
「お、おはようございますっ、カグラさんっ!」
ティールの声が聞こえる。あれ? ……少し不思議に思って首を傾けたら、ティールとレリアが視界に映った。
もしやと思ったけど
「もしかしてカグラくん、左目が見えなかったりする?」
「あぁ。神降ろしの代償として、戦神様に持って行かれたらしい」
人間の身体に、現世に神様を降ろすのだ。いくら俺が舞神の神子と言ってもタダでとはいかない。
まぁ、持って行かれたのが左目だけだったのは幸いか。
命とか神経とか脳とか持って行かれたら、詰んじゃうかもしれないから。
「大丈夫なんですか?」
「あぁ、うん。直に視力自体は取り戻せると思うよ」
左目が持って行かれるとは言っても、神様のものになるから一時的に見えなくなっているだけで、時間が経てば身体に馴染んで水晶体が機能し、左目からでも景色が見えるようになる。
寧ろ、左目が戦神様のものになるから、動体視力が上がったり相手の太刀筋が解ったりするようになるかもしれない。
ますます、神社の奥に封印されている『アレ』を使いづらくなってしまうと言う問題も抱えてしまうが。
まぁ、神社を守れて。レンヤの奴をこの手で払えたことまで考えれば差し引きでトントンかな。
とりあえず、万が一にもあいつが蘇ったら――結界を通過してくる悪魔とか厄介すぎるし、困るので、血の後始末と念のために祈祷神楽を舞うくらいはするとして。
でもまぁ、それは今今じゃ無くて良いか。
レンヤとの戦闘も、神様を肉体に降ろしたのも凄く疲れたし。
せめて、視力が戻るまではゆっくり休もう。俺は二度寝した。
◇
「カグラ様、私と結婚してください!!!!」
それは、見事な全裸土下座だった。
真っ白い肌と、想像以上に大きかった乳。さらさらのブロンドヘアーをなびかせる、一糸まとわぬフィーネルが正座で、プロポーズしてきた。
「なんで!? ……なんで!?」
いや、もう。本当に、なんでって感じだ。
ゆっくり休もうと二度寝したものの、ジーッと四人に見られていたせいで落ち着かずお風呂に入ることにしたのだ。
そして、ゆっくり湯船に浸かっていたらナチュラルにフィーネルが入ってきて、土下座した。
フィーネルも、セラフィと同様正座なんて文化はセント・ルーナに無いはずなのに異様に様になっていて綺麗な姿勢ではあるが。それ以上に、ここが風呂で、俺もフィーネルも互いに全裸という状況に戸惑っていた。
「その……私、実は。ずっと、カグラ様のことが好きでした」
俺は、目を瞑って、フィーネルの言葉を黙って聞いていた。
いや、違う。全裸のフィーネルは刺激的すぎて、目を開けられないし。心臓がバクバク言ってて、フィーネルが俺のことが好きだったってことに驚きすぎて。声が出なかった。
「それで、その……私が教皇様の制止も聞かずに先走って攫われて。それでもカグラ様は助けてくれました。
やっぱり、格好良いなぁ。ヒーローだなって惚れ直しちゃいました」
「そ、そうなんだ」
「それに私、カグラ様に裸見られちゃいましたから嫁のもらい手がなくなりました。責任とってください」
「勝手に入って来といて!?」
それはなくない?! と、戸惑っているとフィーネルは冗談です。と軽く笑った。
「ただ、私。攫われる前、教皇様の命に逆らっちゃってるので行くところがないのは本当です」
「それは……」
ヤバいな。ルーナ教は、教会は基本的にルーナ神の代弁者である教皇様の言うことは絶対なのだ。
どんな理由があれど、逆らえば重罰が下される。
今回は事情が事情だし、教皇様に一緒に謝るくらいならしても良いけど。
いや、でも教皇様怖いしなぁ。一緒に謝って目の前で「破門だ!」「死刑だ!!」とか言われちゃったら目も当てられない。
とは言え、結婚だって。まだセラフィ、レリア、ティールにされたプロポーズの返事だって出来てないし、それにまだ結婚に踏み切れる勇気も度胸も無かった。
「その、ごめんなさい!! 部屋は余ってるから、家に居るのは良いけど。その、結婚はちょっと考えさせてください」
俺はお湯に顔が浸かるほどに、頭を下げた。
「フィーネル。まずは嫁候補から、カグラ様に認めて貰えるよう精進するところから始めましょう」
「お姉ちゃん!?」
セラフィの声が聞こえる。
「だね。フィーネル、ちゃんだっけ? 別に、カグラくんはちょー格好良いし好きになるのは構わないけど、抜け駆けは感心しないよ?」
「ですっ!! お、お風呂に裸で乱入するなんて、はしたないですよっ!!」
レリアと、フィーネルの声も聞こえてくる。
「ご、ごめんなさい……。って言うか、お風呂に関しては皆も同じですよね?!」
流石に、お湯に顔を浸からせていたから苦しくなって顔を上げる。
拍子に、裸で。バスタオルすら着けずに、お風呂に入ってきたセラフィとレリアとティールと、そしてさっきと変わらず正座の体勢のままのフィーネルが、居た。
四人は各々、身体を魔法なり祈りなんなりで清めてから、俺の浸かっている湯船に入ってくる。
な、なんでこの人たち。しれっと俺の風呂に割り込んでくるの?
俺を四方から包む柔らかい感触。ふぅ、と耳元で聞こえる吐息。お湯を伝わる心臓のドキドキ。
俺は咄嗟に目を閉じて、身体を縮こませた。
さ、流石にこれは洒落にならないのでは???
「カグラ様、その。私……悪魔の催淫でずっと疼きっぱなしで。慰めていただけると幸いです」
耳元で、セラフィが誘惑するように呟いた。
「お姉ちゃん、ずるい!! か、カグラ様。その私も……」
フィーネルが、それに続いてくる。
確かに、フィーネルは悪魔に辱められ、セラフィも悪魔を祓うときに催淫効果があると思われる粘液を全身に浴びていた。
そして、その責任の一端はセント・ルーナに間に合わなかった俺にある。
「それ言ったら、あたしも今回結構頑張ったし、カグラくんにエッチしてほしいな」
「そ、そうですっ! 私は、あんまり役に立てなかったのでおしおきエッチでも良いですっ!!」
レリアとティールは、俺がセント・ルーナから魔王城に言っている間。この舞神大社をレンヤから守ってくれた。
恩がある。怪我は――セラフィかフィーネルが治したみたいだけど、ティールは特に足首の怪我が痛そうだと思っていたのだ。
俺は立ち上がり、風呂から上がって。
レリアとティールの方を向いて、深々と頭を下げた。
「そ、その……まず。レリア、ティール。俺が来るまで、舞神大社を守ってくれてありがとう。言うのが遅れてアレだけど、本当は後でちゃんと御礼を言おうと思ってた――本当にありがとう」
「い、いや。そんな畏まられると……きょ、恐縮だなぁ」
「そ、そうですっ。……私なんて、不甲斐なかったですし」
ティールは謙遜し、レリアは戸惑っているが本当にこの舞神大社を守ってくれたことには感謝していた。
ここには壊されたくないものがいっぱいあって、守りたいものがたくさんあって。
それで、俺の生まれ育った実家だから。守ってくれてありがたかった。
「それで、その。セラフィとフィーネルの事情も――やむにやまれなかったとは思うし、俺の力が及ばなかったから、こうなったとも思うけど……」
「いえ、そんなつもりじゃ……」
「そうです!! カグラ様には感謝こそすれど、謝られることなんてありません!」
「その、そう言うエッチなことはノリとか勢いとかでやっちゃうと、絶対後々後悔すると思うから、結婚してからにしませんか?」
「それって、つまり……?」
セラフィもレリアもティールもフィーネルも、きょとんとした顔を浮かべる。
俺は最低な人間だ。
こんなにも魅力的で気高くてかわいくて、そんな素晴らしい女性たちにプロポーズされていながら、俺は未だ返事を保留している。
そして、これからもしばらくは保留するつもりだ。
もし、一人なら二つ返事で結婚した。四人でも、俺にもっと勇気と甲斐性があれば受け入れただろう。
ルーナ教でも、舞神の教えでも生めよ増やせよ恋をせよ。一夫多妻は禁じられてないどころか、推奨すらされている。
そして多分、この数ヶ月セラフィとレリアとティールと暮らして。
そして、数年前バディを組んでいたからよく知るフィーネルは。
みんな、多分。俺が舞神の神子で、使命があって忙しくっても。そのくらいじゃ、きっと動じず着いてきてくれるのだ。
それくらいに強いし、器も大きい。
だからこそ、躊躇してしまう。
俺一人に、こんな魅力的な人たちが四人も。
一人でも、釣り合っているかどうか解らないのに。
だからこれは、完全に俺の個人的な気持ちの問題になる。
「その……そう遠くないうちに、答えを出しますので。もうしばし、待っていただけると助かります。
あと、これ以上は恥ずかしさでヤバいので……じゃあね!!」
俺は頭を下げてから早足で、風呂場を出た。
もう色々限界なのだ。風呂に乱入されて、改めて迫られて。俺もみんなも裸ってだけで結構ヤバかったのに。
もう、なんか本当。ヤバい!!!!
「それって……」
「実質プロポーズ?」
「ですねっ!!」
「カグラ様、ちゃんと全員娶ってくれそうですね」
「まぁ、私たち四人でもカグラ様には釣り合わないかもしれませんが」
「違いない」
「それでも、私は尽くしたいですっ!!」
「そうですね。せめて、カグラ様の1/4くらいには釣り合える女になりたいですね」
そんな声が聞こえる。
セラフィもティールもレリアもフィーネルも、俺を買いすぎである。
でも、こんなに思われてるからこそ。なるべく早く応えたいとも思った。
本当に、しばし待ってください!!!
◇
『ガァァァ!! マニペストで干魃発生、至急向かえ!! マニペストで干魃発生、至急向かえ!!!』
あれから数日。
流石にあんなことがあったあと、いつも通りとはいかなかったけど。それでも、美味しいご飯食べて。お風呂入って。乱入されて。
普段も家の中ですれ違う度にちょっとドキドキしたりして。
そんな日々を過ごして、視力も回復した頃に、鴉が鳴いた。
「はぁ。ちょっと待って。使命の前に、やりたいことがあるから!!」
俺は祈祷服に着替え、儀式用の銅剣。――子供のころから慣れ親しんできたものとはちょっと違う、スペアのそれを二本用意する。
そして、数日前勇者を祓って。血飛沫を片したあとの土へ歩いた。
「今日はあたしの番だよ。よろしくね」
レリアが後ろから、ひょっこりと出てくる。
「今回はマニペストだって。でも、その前にちょっとだけ――祈祷神楽『破魔の舞』」
レンヤ、どうか安らかに眠ってくれ。
そんな祈りを込めながら、神楽を舞った。
「ねえ、カグラくん。そう言えばさ。カグラくんって勇者の奴に『お前は無能だから出てけ』って追放されたらしいじゃん?」
「まぁ、そうだな」
思い返せば、神子としての俺はあの時始まった気がする。
本当はハーレムになりたかっただけのレンヤに
「カグラ。お前は無能だ。回復魔法は聖女に大きく劣っているし、剣術は勇者である俺に劣っている。
このパーティにおいて何一つ秀でた才能が無いお前は無能だ、よってこのパーティには必要ない」
そう言われて、追放されたのだ。
「でもさ、実際、本当に無能だったのは結局、勇者の方だったね」
「まぁ、確かにそうかもな」
レリアの言葉に、俺は首肯した。
ハーレムのために俺を追放したのに、仲間たちから好かれてなくって全員俺の方に来ちゃって。
それが悔しかったのか、悪魔にまで墜ちて。死んで。
勇者は仲間だった。友だちでは無かったけど、最後の最後まで結局、嫌いな奴ではなかった。
できればあいつには悪魔に墜ちずに、自分の幸せを掴んで。ついでに、魔王を討伐して欲しかった。
でもまぁ、そんなこと。今更言っても叶いはしない。
レンヤ。お前はどこまでも
「じゃ、行こっか」
「うん」
肩のりサイズだった鴉が一瞬で小さな馬車くらいにまで大きくなる。
俺たちはそれに乗って、マニペストに向かった。
さて、今日も舞神の神子の使命を果たしますかね――――
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