とりあえず、俺の家業はこんな感じ

 朝食は、炊きたてのご飯と焼き魚と味噌汁。あと、昨日の白和えの残り物。


『ガァァァ、早くシロ早くシロ』と一品食べ終わるごとに八咫烏が五月蠅く鳴くが、俺は正直レミバーンまで行きたくないから。朝食を噛みしめるようにゆっくりと食べていた。


「レミバーンに悪魔。……はぁ、なんだって家業を継いでまで俺は悪魔退治をせにゃならんのだ」


 悪魔を倒すのは本当に嫌いだ。


 見た目が人間に似ていて、言葉も喋る。その上あいつらは死の間際には必ず命乞いだってしてくるし、死体からは途轍もない悪臭が漂ってくるし。

 兎にも角にも、倒した後の気分は最悪。でも倒さなければ味方が酷たらしく嬲られるからもっと最悪。


 幼い頃から神事に携わってきた俺が、今更悪魔に負けることなんて絶対ないけど、そうだとしてもなるべく関わり合いになりたくない相手ではあった。


「あの、カグラ様。よろしければ私も、そのレミバーンまでご一緒させてもらってよろしいですか?」


 だらだらと朝食を咀嚼してレミバーンまでの道程を渋っていると、セラフィがそんなことを言い出した。


「ほら、あの……先ほどもカグラ様は、カグラ様の家業がなんなのか見極めさせていただいた上で、け、結婚の話を考えて欲しいと言ってたじゃないですか」


「あぁ、うん。そう言うことなら、是非同行してよ。レリアとティールも行くでしょ?」


「もちろん」


「い、行きますっ!」


 少し、考えたけど。まぁ、こいつらは『聖騎士としての』俺よりかは遙かに強いのだ。それこそ勇者が『聖騎士としての』俺を「何一つ秀でた才能がない」と称する程度には。


 俺は、後片付けをするセラフィたちを見ながら「悪魔狩り」の準備をする。


 準備をするって言っても、服は今のは五日間着てた奴を着替えずに寝ちゃって汚いからスペアの全く同じ白妙の祈祷服に着替えて。

 子供の頃から慣れ親しんだ、青銅製の儀式用の剣を二本手に持つ。


 我がことながら、戦いに行く格好とは思えない。でも……


「やっぱり、しっくり来るんだよなぁ」


 重厚な鎧と、一流の職人が打ったという鋼鉄の剣を装備していた聖騎士時代より、布で出来た着物と青銅の、刃が潰された儀式の練習用の剣の方がしっくり来た。


「お待たせしました」


 肩慣らしに、神楽を一つ舞っていると。

 勇者パーティの頃に居たときのような、それぞれの戦闘服に着替えた三人がやってくる。


「カグラさんは、着替えないんですかっ?」


 それは多分、聖騎士の服にって意味なんだろうけど。


「俺の本業は、こっちだからね」


 手乗りサイズだった八咫烏は、俺たち四人が乗っても問題ないほど大きくなって、準備万端と言った様子だった。


 俺たちは、八咫烏の背中に乗ってレミバーンへ向かう。





                     ◇





 技術都市レミバーン。


 何軒にも渡ってそびえ立つ、黒鉄の摩天楼と煙突から黒い煙を吐き出す工業の街、レミバーン。

 聖鳥なら三日は掛かる道筋が、八咫烏なら丸一日で着いてしまう。


 セラフィたちは、なんて早いんだと感激していたけど。

 俺としては、レリアが八咫烏に乗ってる最中に俺たちに吹き付けてくる強風を魔法で防いでくれたこととか。

 移動時間の一日、話し相手が居ることとか。


 相変わらずご飯が保存食なのは残念だけど、それでも前回よりも遙かに快適な旅路に俺はスゴく感動していた。


「それで、件の悪魔はどこに居るの?」


『ガァァァ、この街!! この街中にいる!!』


「いや、この街中って言われても……」


 レミバーンは大都市だ。

 人口も100万人近く居るらしいし、真っ暗な建物が立ち並んでいる迷路のような街並みと、視界を妨げる黒煙が邪魔で人捜しにはとても向いているとは思えない。


 そうでなくとも、相手はロードクラスの悪魔と言っていた。


 ロードクラスなら、下手すりゃ俺よりも知能が高いし人に紛れ込むのも凄く上手い。見つけ出すのは至難の業だ。


「困ったなぁ」


「でしたら、手分けして探しましょう」


「それは、スゴく助かるな」


 なんなら、見つけ次第別に倒してくれても構わないまである。

 うん。俺が悪魔と戦わずに済むのならそれに越したことはないし。


 セラフィもレリアもティールも強いから、ロードクラスの悪魔でも瞬殺してくれるだろう。


「じゃ、一番に見つけた人がカグラくんにちゅーして貰えるってのは?」


「なっ!?」


「わ、私っ、負けませんっ!!」


 いや、しないけど!?


 否定する前に、三人とも散り散りにどっか行ってしまった。

 キス……し、しないからね!?




                    ◇




 異様な雰囲気。圧倒的で、魂が底冷えするほどの戦慄するような気配。

 禍々しく、圧倒的な量のマナ。


 工業街を歩く、トレンチコートを羽織る3mはありそうな大柄の男は間違いなく、悪魔だ。

 しかも、この気配は間違いなく。ロードクラス!!


「(よし、これでカグラくんのちゅーはあたしの……)」


 魔法で飛んで、カグラを呼びに行こうと意気揚々としていたレリアは。蛇のような力強い何かに足首をぐるりと巻き付けられる感触を感じた。


「おっと、エルフ。いや、そのマナはハイエルフのお嬢さんか。こそこそと某をつけ回して、一体なんの用だ?」


 声が聞こえた刹那、レリアは空から思いっきり地面に叩き付けられる。

 魔法で体重をほぼ0gにしているから、ダメージは抑えられる。でも、絡みつかれた足首だけはそうも行かず、骨に罅が入ったのを感じた。


「うがっ!!」


「ほぅ。今ので死なぬか。並のエルフであれば、トマトのように爆裂四散してもおかしくないんだがな」


「……用を聞きつけておいて、いきなり乱暴なのは感心しないけど?」


「それは済まなかった。某、とりあえずぶっ殺してから考える性分なもので。して、なにようで某を着けてきたのか?」


「言うわけ、ないだろ?」


 そう言って、レリアは光の刃を魔法で飛ばす。

 それは、レリアを捕まえていた蛇のような触手を斬り裂くには少し威力が足りず、シュワシュワと黒い煙が上がっただけで、煙が消える頃には無傷に戻ってきた。


「……ちょっと、熱かったな。貴様何者……いや、この顔どこかで……」


 思案して、悪魔はつけ回してきていた少女が――魔王に似顔絵付きで指名手配されていたハイエルフの……勇者パーティの魔法使いなんじゃないか? と思った。

 確かに、勇者パーティの魔法使いならば鋼の肉体を持つ自分にも僅かとは言え、傷を付けてきたのにも得心がいく。


「なるほど。仲間がいるのか。これは、色々聞かせて貰う必要があるな」


「言うと、思う?」


 レリアは、隙を突いて精一杯の爆発魔法を悪魔に撃つ。

 並の悪魔なら消し炭になっている威力だ。それをノータイムで放てるレリアは、魔法使いとしては超人の域に達している。

 でも、それだけだ。煙から出てくる悪魔には傷一つついた様子がない。


「思うな。ハイエルフだろうが魔法使いだろうが、貴様は所詮は女子。脆い。故に、壊すのも恐怖を与えるのも容易いのだ」


 悪魔はそう言って、びりびりとレリアの魔女服を引き裂いた。


「犯す、つもり?」


「あぁ。女子にはこれが一番効果的だからな」


 そう言って、下卑た笑みを浮かべる悪魔には心底寒気がする。

 でも、足が挫かれていて。悪魔の触手からは逃れられる気配もない。


 レリアには、カグラという想い人が居る。

 だから、純潔はこんな悪魔なんかじゃなくて。カグラに捧げたい。

 初めてはカグラとじゃないと嫌だ。


「(カグラくん、助けて)」


 レリアは祈る。どうか、爆発魔法の音が、光がカグラにまで届いていることを。


「レリア、とりあえず。悪魔、見つけてくれてありがとう」


「なんだぁ……どうしてここに、舞神の神子がいやがるんだ?」


 そこには、カグラが居た。


「カグラくん!」

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