とりあえず、悪魔は瞬殺します
「武闘神楽『剣の舞』」
白妙と焦げ茶色の袴。どう見ても刃が潰れた青銅の剣を両手にそれぞれ一本ずつ、構えて、敵前で悠長に舞う祈祷師。
明らかに、舞うのを止めなければならない。
今、仕留めなければ取り返しのつかないことになってしまう。
理性が、直感がそう訴えかけているのに。異様な雰囲気のカグラに、悪魔は身動き取れずにいた。
凄まじい量の――あるいは、怒り狂った魔王を越えそうな夥しいマナの量だった。
「(どどど、どうしてこんなところに舞神の神子がいやがるんだ? この魔法使いの仲間なのか? ……舞神の神子が勇者とつるんでやがるのか?)」
舞神の神子。
特徴的な着物と、二本の剣。そして舞と神楽と神降ろしで戦う悪魔の天敵。
魔王軍に取って一番の脅威は頻繁に邪魔しに来る勇者だったが、最も対面したくない相手は舞神の神子だった。
会えば一目散に逃げろ。魔王様が口を酸っぱくしてそう言っていたことを思い出す
「(けっ、なんで某が恐れるんだ。あんなちっぽけな人間。しかも獲物は刃が潰れたおもちゃの剣だ。某に傷一つ着けられるはずがない)
き、貴様。な、名を名乗れ!! 某は魔王軍四天王にして龍軍総帥のグテーレス! 魔界の公爵、グテーレスだ!!」
「そうか。魔王軍の幹部――だから、悪魔の出現程度で鴉が鳴いたのか」
まったく、悪魔退治はルーナ教でなんとかして欲しいよ。俺は雨乞いだってしなくちゃならないのに。
そうぼやく少年は、小さく『瞬歩』と口に出した。
「き、消え……」
「あぁ、そうだ。名を名乗ってなかったね。俺の名前は、カグラ――舞神大社第三十七代当主にして、グテーレスお前を殺した男の名だよ」
気がつくと、カグラはグテーレスの懐に立っていた。
剣は既に、腰に仕舞ってある。
グテーレスは敵前で何を悠長なと思いつつ、3mの巨体。丸太より太い八本の腕、背中から生える120本の触手。ほぼ全てを目の前の少年、カグラを殺すためだけに駆使する。
しかし、身体はちっとも動かなかった。
「……なんでだ」
金縛り……じゃない。これはもう、斬られている。
そう気付いたときには既に、身体中が切り刻まれていて。グテーレスは血しぶきになって崩れ落ちる。
カグラは、グテーレスに捕まっていたレリアをキャッチした。
「か、カグラくん。……その、あ、ありがとう」
「こっちこそ、駆けつけるのが遅くなってごめん。簡易で申し訳ないけど祈祷神楽、『治癒の舞』」
レリアをお姫様だっこしたまま、軽く指先だけ舞って。グテーレスの触手に挫かれた足を治す。
「す、スゴいっ。んっ、あぁっ、ま、マナが溢れてくる、沢山、流れ込んでくるっ」
下唇を噛んで、顔を赤くさせながら喘ぐレリアはグテーレスに服を破かれたために前が開けていることもあって、スゴく扇情的だった。
カグラも、なんか恥ずかしくなってくる。
「カグラ様、それにレリア! 悪魔は、見つかりました?」
「あぁ、それなら今倒したとこ「カグラさんっ、う、後ろっ」」
◇
「てめえ、よくもやってくれたなぁ」
ヤクザの声帯が腐ったみたいなドスと禍々しさを感じさせる声。
聖属性の付与された儀式用の剣で木っ端みじんに切り刻んだから、死んだと思ったのに。後ろから、がっちりと頭を握って持ち上げられてしまった。
全体重の負担が首に集中するこの体勢はなにげに辛い。
とりあえず、レリアを抱えたままだと何も出来ないので
「受け取って、パス!!」
「え!? ちょ、ちょっとカグラくん」
セラフィとティールの方向に、レリアを投げ渡した。
場所もジャスト。二人とも勇者パーティに所属していただけあって力はあるし、レリア一人受け止めるくらい、なんてこと……
ドスッ。
ないと思うんだけど。二人とも、一切レリアを受け止める気なんてなく、レリアは地面にドサリと落ちて……何か、俺が投げ捨てたみたいになってしまった。
「な、なんで受けとめてくれないんだよ!!」
「なんでと言われましても。軽傷に託けてカグラ様にお姫様だっこ。剰え治療までして貰うなんて良いご身分ですね」
「そうですっ、レリアさんばっかりズルいです。どうせ、あの悪魔に捕まったのだって、カグラさんに助けて貰いたかったからなんでしょっ!?」
「い、良いじゃないか。悪魔を見つけたのは私なんだし、それくらいの役得があったって」
え、なに? レリアのあれ、態とやられた感じだったの?
あ、いや……魔法使いと悪魔だと、確かに魔法使いが圧倒的に不利だけどあの程度の悪魔だ。逃げるくらいは、出来る……のか?
「それに、なんか。私今半裸なのに、カグラくんの反応薄かったし、投げられてちょっとショックなんだけど!?」
「知りません」
ご、ごめんて。
予想外にグテーレスが死に損なって急襲してきたから、不可抗力だったんだよ。
両手を合わせて、レリアに謝罪のジェスチャーを送る。
「で、茶番は終ったか?」
「あ、うん。丁寧に、待っててくれてありがと」
俺がこいつだったら、容赦なく襲うけど。
まぁ、仮に襲われてたなら普通に対処するからそんなに変わんないか。
そんなことを思いながら、俺は腰から剣を抜きだす。
「祈祷神楽『破魔の舞』」
流れる動きで、俺の頭を豆粒のように潰そうとしてくるグテーレスの腕に剣を掠らせると、まるで熱いものを触れたかのように俺を手放した。
「……やっぱり、お前は危険だ」
そう呟くグテーレスは、さっきの3mよりも遙かに大きい――20mはありそうなムカデの姿をした化け物だった。
禍々しい装甲に、人間の豪腕が足のように生えている。とてつもなく気色の悪いみためだ。
見た目も不快。切っても不快。斬らなくても不快。
だから、悪魔の相手をするのは嫌いなのだ。
俺は破魔の神気を、刃を潰した儀式用の剣に流し込む。
この剣は特別丈夫なわけじゃない。なにか特別な金属を使ったわけじゃない。
でも、神様はこの儀式用の剣が一番好きらしい。
聖騎士時代、一度も宿ってくれなかった神様が剣に力を流し込んでくれたのをひしひしと感じた。
ありがとうございます。
「くそっ、折角第二形態にまで変身したけど。このままじゃ勝てぬ。一度帰って、魔王様に報告を……」
「逃がすわけ、ないだろ?」
ここで逃げられて、また別の街で暴れられて。その度に鴉に鳴かれるのは面倒だ。
『瞬歩』
やはり、あの馬鹿でかい図体を。あんな腕みたいな足で支えるのは難しいらしく、グテーレスの動きは遅かった。
「なっ、ま……」
「ルーナ教仕込みの剣術『
二本の剣で、グテーレスを十字の形に斬る。
その刹那、グテーレスの切り口から眩い光の巨大な十字が出て、グテーレスはその光に十字架の磔になるように吸い込まれていく。
「な、なんだ。なんなんだ!?」
「土に還れ」
ギュゥゥゥ、バタン。
地獄の扉が開く音。グテーレスはその音に、光の十字架に吸い込まれるように地面にめり込むように、消滅した。
死んだ。悪臭も、後味の悪い断末魔も残さずに、消えた。
「セラフィ、レリア、ティール。それにカグラ……お前らのせいで俺は……どうしてこの街に居るんだ?」
聞き覚えのある怒声。
振り返ると、そこには勇者が居た。
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