どうやら全員、俺目当てでパーティにいたらしい
「おかえりなさいませ、カグラ様」
「カグラくんおかえり~」
「お、おかえりなさいっ!」
行きに二日空の移動による強風を全身に浴びながら、灼熱の街サハールに移動し。半日雨乞いの神楽を舞ってから、ほとんど休むことなくまた二日、寝心地が良いとは言えない八咫烏の背中で眠ったり、結局聖騎士時代と変わらず保存食を食べて。
こんなことなら家業を継ぐんじゃなかったとぼやきながら約五日ぶりに帰り着いた実家には、なにやら見覚えのある――しかし、ここに居るはずのない三人の少女が、俺におかえりと言ってお出迎えをしてくる。
「セラフィ、レリア、ティール……お前ら、勇者パーティに居るはずじゃ……」
いや、俺も疲れてるのかもしれない。
やはり、横暴な八咫烏による強引な旅路は並の人間である俺には耐えられないのだ――と言うか鳥に乗り続けるってのがもうそれだけで辛かった。
久々に、柔らかい布団で寝たい。……冷蔵庫に、何か食べ物はあっただろうか。
俺は見えた幻覚を無視して家の中に入ろうとしたら、がっちりとセラフィに腕を掴まれた。
「カグラ様、おかえりなさい♡ 食事にします? お風呂にします? それとも……」
ふぅ。やっぱり、幻覚じゃないみたいだ。
まぁ知ってた。知ってたさ。
一人前の育て上げられた祈祷師が、高々五日程度落ち着いて寝れなかった程度の疲労で幻覚なんて見れるはずもないのだ。
「えっと、なんでここに居るの? セラフィも、他の二人も」
「それはつまり、私ってことですね! でしたら中に入ってください。カグラ様とは話したいことがたーっくさんありますから」
「あ、うん」
ここ俺の家……って言うか、お前らを招いた覚えなんてないんだけど。
なんでこの娘たちはさもそれが当然であるかのように、俺を俺ん家に招き入れているんだろう……
◇
俺の実家は、鳥居を抜けるとまず拝殿があって、そこから左を向けば本殿が建てられている。そして本殿から北西に移動すれば、離れに藺草の畳が敷き詰められた木造の質素な家が建っている。
何部屋もある家。そこが俺たちの生活空間だった場所だ。
それぞれの部屋には台所だったり寝室だったり居間だったり、そして少し外に出ればお風呂や厠が設置されている。
五日前に来たときは、やはり父と母が住んでいたと言うだけあって汚いと言うことはなかったけど、掃除とかも神様のいる本堂やお社を優先する都合上流石に二人では人手が足らないのか、少し埃臭かった。
でも、心なしか生活空間にあった埃臭さはなくなっていて。
そう言えば、いつかも放置していたのに舞神大社の敷地内に木の葉が散らばっていたりと言うこともなかった。
それだけじゃない。
「色々話したいことはありますが、カグラ様も帰ってきたばかりでお腹が空いておられますよね? すぐに温めますので少々お待ちください」
「おいセラフィ、まるで自分の手柄みたいな雰囲気出すなよ」
「そうですっ! ご、ご飯は私が炊きました!!」
「ティールは一番なにもしてないじゃん」
「なっ、」
「お二人とも、些事で言い争いをしていたらみっともないですよ」
「「ぐっ」」
ご飯も、作られていたのだ。
正直、人ん家の台所を勝手に使いやがって厚かましいと思わないことはない。
でも、それ以上に嬉しいなって思ってしまった。
魔王討伐の旅路だと、料理の匂いで魔物が寄りついては元も子もないから味気ない保存食ばっかりだったし、こっちに帰ってきてからも即刻引き継ぎの儀が終ったと思ったら親父に逃げられたせいで、お袋の手料理も食えてないし。
八咫烏のせいで、結局保存食しか食えてなかったのだ。
久々に嗅ぐ温かいご飯の匂いが飢える俺の心をキュウキュウと惹いてくる。
「それじゃ、いただきましょうか」
「いただきます」
手を合わせて箸を取る。
釜で炊かれたお米と、ちょっとしょっぱい揚げの味噌汁。焼き魚と小松菜かホウレンソウかは解らない何かの葉っぱとごまの白和え。
「それにしても、よく作れたな。大陸の方には味噌も醤油も……それを使った料理もないだろ?」
少なくとも、ルーナ教の聖騎士として転々としていた四年の間で見た記憶はない。
「ああ、それは」
「水場に、カグラくんのお母さん? がレシピを書いた手記を残してたから」
「それを見ながら作りましたっ!」
「ま、ティールはご飯炊いただけだけどな」
へぇ。じゃあこれ、お袋の……。
「こっちの料理も、少々慣れないものの乙なものですね」
レリアの魔法なのか、マジックライトに照らされた明るい食卓。
懐かしいような、新鮮なような。俺がこの四年間最も切望していた屋根のある部屋での温かい食事。
正直、なんでこいつらは勝手に人ん家に上がってさも当然のように住人になろうとしてんだよ、と思わないでもないけど。
それ以上に、胃に染みる温かい食事が嬉しくって。
なんか、疑問とか不満とかが些細なものに思えてくる。
お腹も心も満たされた俺は、水場で洗い物をする三人をぼんやりと眺めていた。
勇者パーティの一員として魔王討伐の旅に出ていたときも、見張り番を殆ど俺に押しつけられていたせいで万年寝不足だった。
それに、辞めた後なんて鳥の上に居るか神楽を舞っているかでまともに寝た記憶がない。
「あ、そうだ。勇者……。なんでお前らは、こっちに居るんだ? 勇者パーティはどうしたんだ?」
「あぁ、それなら抜けました」
「え?」
抜けた? なんで?
それなら勇者のハーレムパーティはどうなるんだよ。どうでも良いけど。
「そりゃ、抜けますよ。誰よりも信心深くてお強くて、パーティに貢献していたカグラ様を追放なんて。本当に信じられません!!
勇者様とカグラ様、どっちかを選べって言われたら例え神に逆らってもカグラ様を選ぶのが当然です!!」
セラフィは圧し気味に答える。
ぐ、愚問だった? ……って言うか、セラフィ俺への評価やたらに高くない?
パーティに居たときはそうでもなかった気がするけど……。
信心深いとかパーティへの貢献とか、全く心当たりがなくてびっくりしている。
「あたしは、純粋にカグラくんが一番マナが多かったからね」
「マナ?」
「うん。カグラくんってさ、勇者とかあんな粗マナ野郎なんか比べものにならないくらいの潤沢なマナを保有してるの。
なんならセラフィの30倍はあるかもね。そりゃ、エルフなら誰だってカグラくんみたいなマナ富豪とはなんとしてでも離れたくないでしょ」
マナ?
なんか、知らない単語が出てきた。
粗マナとかマナ富豪とか、謎の造語まであるし。
「とりあえず、レリアは俺のマナが多かったから勇者パーティを辞めて俺の方に来たと」
「そゆこと」
「じゃあ、ティールは?」
「わ、私はそのっ……。口べたな私とも気さくにお話ししてくれたり。失敗して勇者さんに怒鳴られたときに庇ってくれたり。凄く優しくて……その、恩返しとか不義理じゃないようにというか、その……私はっ!
……普通に、カグラさんが好きだから、こっちに来ちゃいました」
「え!?」
す、好き!?
そ、そんな素振り勇者パーティでもなか……いや、思い当たる節がないでもないかもしれない。
見張りとかも一番付き合ってくれたし、普段も水とか軽食の差し入れとかこまめにしてきて、やっぱ斥候なだけあって気配りも出来るんだ、スゴいなぁって勝手に感心してたけど、それってもしかして。
「い、いやっ、あの。そのっ、好きって言うのはあくまで人間的にって意味であってふ、深い意味があるわけじゃ」
小動物のような顔を真っ赤に染めて、短く切りそろえられた黒髪をブンブンと振り回して否定してくる。
だ、だよね。お、思い違い……なのか?
なんか、少し顔が熱い。
ティールの告白紛いの――と言うか、告白に不覚にもドキッとしてしまった。
それと、セラフィがめっちゃ怖いし、レリアも見るからにムッとして。
ぐいっ、と俺の方に詰め寄ってくる。
「わ、私だってなんだかんだ言いましたが。その、カグラ様のことが好きだから、追いかけてきました!!」
「あ、あたしだって。カグラくんのことす……きなのはマナだけじゃないから。か、勘違いしないでほしいな!!」
度重なる告白は、疲れた頭に答える。
俺のキャパシティはもう既に限界に達しそうだった。
と、とりあえず……。
勇者よ。お前はハーレムパーティを望んで俺を追放したようだが、どうやら全員、俺目当てであのパーティに所属していたようだ。
なんか、ごめん。
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