どうやら他の仲間たちも追放されたらしい

 カグラが当主の座を引き継ぎ、家業を継いだことを後悔し始めていた頃。


 教会では、カグラの勇者パーティ追放に伴って自らも勇者パーティを脱退したセラフィたちが押しかけていた。


「きょ、教皇様!! カグラ様、こっちに来ませんでした?」


「六日ほど前に、来たが……セラフィ。やはり貴様も、勇者を見限ったか」


「す、済みません!! 教皇様の命でしたが」


「良い。構わぬ。寧ろ、カグラを追放した愚かな勇者に肩入れするようなら。それこそ貴様にも失望せねばならなかった」


 相変わらず、教皇の身から放たれる威圧感は凄まじい。

 しかし、カグラのこと――自分の想い人を、自分が最も畏怖する人に高く評価されているのを感じて、セラフィは嬉しくなる。


「は、はい。それで、カグラ様は……」


「カグラの奴は実家に帰り、家業を継ぐと言っておった」


「家業、ですか?」


「あぁ、そうだ。気になるか?」


「いえ……いや、はい。……教皇様、身勝手な言い分で大変申し訳ないのですが……私、セラフィは今日をもって、聖女の座を降りさせてください」


「そうか。だが、聖女――教会の見本となる人間が、簡単にその責務から逃れることをおいそれと容認するわけにはいかぬ。相応の罰がある」


「……覚悟のうちです」


 セラフィは、下唇を食いしばって恐怖に震える声をか細く吐き出した。


 確かに、セラフィはカグラのことが好きだ。

 勇者は無能だと言っていたが、聖女の目から見えるカグラは誰よりも心が透き通っていて信心深く、そして強かった。


 剣術は勇者以下で、回復は聖女であるセラフィ以下。故に勇者はカグラを無能だと罵ったがセラフィは、ただでさえ剣術も回復も高度に――一流と言って差し支えがないほどの実力があるにも関わらず、更に未だ凄まじい力を隠し持って居るであろうことを薄らと感じ取っていた。


「そうか」


 冷たい声を吐き出す教皇に、セラフィは自分の心臓が押し潰されるほどの恐怖を覚える。

 怖い。恐ろしい。

 聖女の立場を捨てても、実家に帰ってしまったカグラを追いかけたい。


 そう思うけど、それさえも諦めたくなるほどの教皇の威圧にこらえる。


「だったら、セラフィ。お前は、流刑だ。場所は極東の島国の山奥だ。そこには、一人の男が神主を務める寂れた神社があるはずだ。

 そやつの嫁として尽くし、支え、そして良き母になれ。それがお前への罰だ」


「そ、それって……あ、ありがとうございます!!」


 セラフィは、察する。


 その山奥はにある神社の神主はきっとカグラで。教皇様は、セラフィの想いに気付いて、婚姻まで認めてくれたのだ。

 カグラの与り知らないところで。


「それと、奥のお前たちも盗み聞きとは感心せぬぞ。罰として、貴様らもセラフィと同じく流刑とする」


 セラフィの動向をこっそり探っていた魔法使いと、盗賊はビクリと肩を震わせた。


「きょ、教皇様ぁっ!!!」


「ふふっ。私が敢えて言わずとも、あやつらならどのみちカグラの元へ辿り着いただろう。ならばこの方が手っ取り早い」


「ありゃりゃ、やっぱ怖いね。ここの教皇様」


「で、ですっ! ……完全に、気配消していたのに……」


 ふふっ。楽しげに教皇は笑ってから、くいっと指で――いつか、カグラを送った聖鳥を呼んだ。

 キュイっと鳴いて、セラフィに頬ずりをして。


 セラフィと、魔法使いと盗賊を背中に乗せて。舞神神社へ飛ぶ。


 カグラは未だ、セラフィたちが勇者パーティを追放されたことも。

 そして、自分の実家へ嫁ぐために押しかけてくることも。それが教皇のお墨付きだと言うこともまだ、知らない。


 カグラの与り知らぬところで、カグラの未来が華やかに彩られていく。




                    ◇





 金色の砂が一面に広がり、照りつける太陽を反射する灼熱の街サハール。


 サハールが干魃の危機だと騒ぐ八咫烏に乗って、辿り着くのに空路で二日掛かってしまった。

 教会最速の聖鳥よりも速いのは素晴らしいことだが……


「長旅で辿り着いた街が、立ってるだけで身体中の水分が蒸発しそうな砂漠のど真ん中じゃなぁ……」


「いやはや、しけた街で申し訳ございません。遠方からはるばる来ていただいて申し訳ありませんが、生憎の有様で、十分なもてなしも……。

 おっと、申し遅れました。私、サハールの市長のハラジャ・サハールと申します」


 うだるような暑さにぼやいていると、白いターバンとローブのようなものに身を包んだひげ面小太りのおっさんが出てくる。

 市長の前で失言を吐いてしまったが、暑さのせいで謝る気も起こらない。


「えっと……この干魃をどうにかする。つまり、雨を降らせば良いんですよね」


「で、出来るのですか?」


 ハラジャが信じられないと言った様子で問うてくる。

 正直、水を注ぐ度に無限に吸い込んでいきそうな圧倒的な乾燥の砂漠を見てると、雨を降らす自信なんてちっとも沸かないけど。


「そこは、結局神頼みですね。俺に出来るのは、神楽を舞って神に祈ることだけですから」


 俺はそれだけ言って、腰の鞘から儀式用の剣を取り出した。


『祈祷神楽・雨乞い』


 ご託は良い。俺も、この灼熱の中立ち往生し続けるのは辛いのだ。

 速く雨を降らすために、俺は雨乞いの祈祷神楽を舞う。


 剣を水の流れのように。流々に。


 俺たち舞神の神子が、山奥深くに社を構えて住んでいる理由はこの神楽にある。


『雨乞い』の他にも『豊穣』『祇園』など、天変地異を祈る神楽はいくらでもある。

 その練習の度に、雨を降らしたり草木を生やしたり殆ど流行ってもない病気を根絶したりしていては、人里に被害が出てしまう。生活のバランスが崩れてしまう。


 だからこそ、山奥で。人里への被害を最小限に抑えるために、修行を積むのだ。


 金色に輝き、見渡す限り雲がなかった空。どこを見ても、水の気配なんてない砂漠なのに、梅雨のような黒雲が空を覆い始めた。


「おぉ、雨雲が。……信じられません」


 俺も、信じられない。

 科学を学ぶほどに理屈は解らないし、この神楽は不条理だと思う。


 でも、それ以上に。俺たち祈祷師にとって、神楽を舞って呼び起こされる超常は、普通なのだ。

 雨が降る。大雨が、砂漠の街サハールに降り注ぐ。


「あ、雨だ!!!」

「恵みの雨だ!!!」

「神のお恵みだ!!!」


 照りしきる日照りから身を隠すように家に籠もっていた人たちが外に出て、雨水を浴びている。ハラジャも、ターバンを取って雨を一身に受けていた。

 俺は、このサハールの地が水で満たされるまでずっと雨乞いの祈祷神楽を舞い続けた。





                   ◇





「本当に、貴方は神の使いか。なんと御礼を言って良いのかわかりません」


「そうですか」


「生憎、長らくの水不足で大した御礼は出来ないのですが」


 そう言ってハラジャは3kgほどの金のインゴットを手渡してきた。

 ……時価総額がいくらになるかは知らないけど、これ、換金すれば普通に暮らして五年は生活出来そうなくらいある。


 あれ? もしかして、五年はだらだらしつつ嫁探しして、そっからいちゃいちゃライフが待ってる?


「いえ、十分です。ありがとうござ『ガァァァァ!! オレたちは金稼ぎのために舞ってるんじゃない。礼は不要ダ!!』何言ってんの!?」


「そうですか。やはり貴方は神の使い。……ではせめて、感謝の証のメダルだけでも受け取ってください」


 そう言って、ハラジャは金のインゴットを仕舞い、別のところからクリスタルのようなもので出来たメダルを手渡してくる。

 この街の国民栄誉賞的なアレなのだろうか?


 って言うか、そんなものよりもインゴットが欲しいんだけど?


 出来れば3kgと言わず3tくらい!!

 そして一生豪遊しても使い切れないほどの大金が欲しいんだけど!?


 しかし、三本足の不気味な八咫烏が赤い目を光らせているからそんなことは口に出せない。こいつ、めっちゃ怖えぇ。

 余計なことを喋ったら、側頭部をくちばしで突かれそうな勢いがあった。


 八咫烏はハラジャからメダルを受け取り、そのまま『ガァァァ!! 帰るぞ』と鳴いた。え、ちょっとくらいゆっくりしていかないの?


「二日の移動の後、半日くらい神楽を舞い続けたからゆっくりしたいんだけど……」


『不要!!』


「えぇ~。はぁ。では、次は水不足にならないように、これを機に砂漠に森でも作っておいてください」


「解りました!!」


 そう言って、五体投地するハラジャに送り出されながら、俺たちはサハールの街を後にした。


 再び二日間の帰路を経て辿り着いた舞神神社には既にかつての仲間たちがカグラを待ち構えていることを、カグラはまだ、知らない。

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