どうやら家業を継ぐらしい

「ありがとな」


 聖鳥からおりて頭を撫でると、嬉しそうにパタパタと翼を震わせてから、バサバサと飛んで、来た道を戻ってしまった。


 俺の実家は、世界の最東端『大瀑布』よりやや西にある島国の更に標高の高い山脈の奥地にあるから、如何に聖鳥が教会最速の空路と言っても、辿り着くのに四日ほど掛かってしまった。

 流石に、四日も付き合えばそれなりに愛着が沸くし。もう、売って退職金代わりにしようとか考えてないから、少しくらいゆっくりしていっても良かったのに。


 一抹の寂しさを覚えつつ、俺は久々の実家の外観を眺める。


 辺り一帯は山に木々に囲まれていて、大凡人間が通りそうな気配はない。

 そのくせ、目の前の鳥居は赤々とそびえ立っている。自然だらけの光景だ。蔦の一つくらい生えていた方が自然だというのに。


 鳥居には『舞神大社』の文字が掘られている。


 実家は大社と表現するのが相応しくないほどに小規模な神社ではあるが、『祈祷神楽』の神社としては一応総本山と言うことで大社を名乗っているらしい。

 が、そんなことはどうでも良い。


「……聖騎士の激務から解放されて、悠々自適の神主ライフ!!」


 人が殆どない辺地にあるのだ。

 おみくじとかお賽銭とかそう言った客商売みたいなことをやっている様子なんてなかったし、俺もやりたくない。

 多分、祭事とかそんな感じで生計を立てていたんだろうけど……


 素晴らしいっ!!


 なんて素晴らしいんだろう。


 あとは嫁さんが欲しいけど、嫁は……家はなんだかんだ言って祈祷神楽の本家本元だし、伝でどっかの神社の巫女さんとお見合いすることが出来るだろう。


 そんで、仕事がないときは巫女さん嫁といちゃいちゃしながら、偶に仕事が入ったら人里で祈祷神楽を舞って、それなりに幸せな暮らしをする。

 そんなこんなで子供が出来たりして、親には孫の顔を見せる。


 うん。なんだかんだで、今までふらふらして心配かけたしそれくらいの親孝行はしたってバチも当たらないだろう。

 そんな明るい未来への妄想を膨らましながら、久々の実家へルンルンと足を踏み入れた。


「ただいま~!!」





                      ◇




「おぉ、カグラ。ようやく帰ってきて……遂に、家業を継いでくれるのか」


「うん。4年間、ルーナ教会で聖騎士をしてみて解ったけど。やっぱり俺は神楽を舞うのが一番性に合ってる」


「まぁ、そうだな。カグラなら、野宿や保存食ばかりの生活に嫌気がさしてすぐに戻ってくると信じてたぞ!! ……四年は、予想以上に長かったけどな!!」


「お、親父……!!」


 俺が家業を継ぐと言って、感無量とばかりに涙を流す俺の親父は流石に俺の実の親と言うだけあって、俺のことはお見通しだった。


「でもそうか。カグラが遂に、舞神の責務を継いでくれるか。俺も、やっと肩の荷が下りた気分だよ」


 親父はほっとしたように、憑きものが取れたように穏やかな表情をしている。


「でも、俺、神主の仕事とかよく解んないし。引き継ぎとかは」


「あぁ、それは八咫烏に託してある。初めの間はそいつの伝令に従っていれば大体はなんとかなる」


「え? 一年くらい、親父が引き継ぎしてくれるんじゃないのか?」


「え? いや、仕事って言っても基本的には依頼された場所に行って『祈祷神楽』を舞うだけだし。神楽に関しては、お前にはもう教えることはない」


 それは、4年前にも親父に言われた。

 だからこそ、俺は舞神の子でありながらルーナ教で聖騎士をすることを認められたのだ。


「え、いやでも……。流石に最初の一回くらいは」


「うん。そうだな。じゃあ最初の一回……『引き継ぎの儀』によって、完全に舞神の当主としての座をお前に託そう」


 引き継ぎの儀?

 なんか知らない単語が出てきたけど……まぁ、普通にこういう神社にありがちな「当主が代替わりしますよ~」と伝えるための伝統的な儀式なのだろう。


「着いてこい」


 俺はあまり深く考えずに親父の後を着いていった。

 そこは舞神大社最奥にある、所謂神様が祀られているとされている間。


 酸漿色の行灯に照らされて、昏い木造の空間だった。




                    ◇




『引き継ぎの儀式』


 普通の神社なら、いつもお世話になっている村や街の人に向けて『代替わり』を伝える儀式だが、舞神大社は生憎、山脈の奥地にあるために人との関わりがかなり薄い――では、誰に伝えるのか?


 それは勿論、神様である。


 親父も俺も、儀式用の剣を両手に持ち。瑠琉舞のように剣を触れあわせたり躱すようにくるくると優雅に舞っていく。

 それは、子供の頃からずっと親父に教えられ続けた祈祷神楽の基本型だった。


 優雅に流々と。舞う。


 昔より、ずっと上手くなっているのを感じる。

 昔は剣が重くて持ち上げられなかった。舞う度に何度も足を挫き、正しく舞うために何度も何度も失敗を繰り返した。


 懐かしい。そして、自分の成長が少しだけ誇らしい。


 ふと、酸漿色の行灯の明かりがふっ、っと消え空間が真っ暗になった。


『カグラ。キサマを、37代舞神大社の当主として、認メル』


 声が聞こえた気がした。


 その瞬間、ふっ、と。意識が遠のき。バタリと倒れ込むように、俺は深い深い闇へと誘われるように、眠った。





                   ◇




『カグラへ。


 引き継ぎの儀、48時間にも及ぶ祈祷神楽を完璧に舞いきれるようになった息子の成長を父は嬉しく思います。

 カグラは今まで父に憑いていた神様たちがカグラに移動するために、5日の眠りについちゃったから、目が醒める頃には父さんはサチと一緒に出かけている頃だと思われます。


 サチと結婚した頃には、俺も引き継いだ後だったので新婚旅行も未だなのです。


 舞神の神主は激務で、最初の頃は慣れないことも多いと思いますが。側に居てやれない父をお許しください。

 父はカグラの健闘をお祈りしております。


                         敬具



 追伸


 嫁さんは『求婚の神楽』を舞えば神様が最高の女の子と引き合わせてくれます。俺も、そうやってサチと結婚しました。





                     ◇




 目が醒めると、枕元に一通の手紙を三本足の不気味な鴉が真ん中の足で掴み上げていた。


「え、何これ……」


 神主の仕事は激務? ……引き継いだ後だと、新婚旅行も出来ないほどに?

 手紙には、スッと重荷から解放されたような親父の穏やかな表情が映って見えるようだった。


『ガァァァァ!!! サハールが干魃で苦しんでいる!! 至急、サハールへ向かえ!繰り返す。至急サハールへ向かえ!!!』


 三本足で、赤い瞳の。どす黒い鴉が耳をつんざくような奇声を上げて、鳴り止まない。え? サハールってかなり西にある、砂漠の国だよね?

 聖鳥に乗ったとしても、四日は掛かるけど?


『至急サハールへ向かえ!! 至急、サハールへ向かえ!!!』


「あぁ、もう解った!! 解ったから、一旦鳴くのやめてくれ!!!」


 ……あれ? 月に一二回程度の悠々自適な神主ライフは?


 あれ? 自堕落な、巫女さん嫁とのいちゃいちゃ生活は?


『至急サハールへ!!!!』


「あぁ、もう!! これ、」


 嵌められた!!!!!!!!!


 家業を継いで初日。俺は既に、実家に戻ってきたことをとても後悔していた。

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