どうやら教会は俺に辞めないで欲しいらしい
「え、じ、辞表!? カグラくん。冗談でしょ、これ!?」
「いや、流石にそんな性質の悪い冗談はしませんよ……」
「え、いや、でも……これは、僕じゃ判断できないから。上に回すことにするよ」
「え!? 枢機卿なのに!?」
「枢機卿だからだよ。もし僕がカグラくんの辞表を受け取っちゃったら教皇様に首を落とされかねないからね。直接、教皇様に出して来てよ」
「え、えぇ~……」
ポートマスから『瞬歩』で三時間。
聖教国の首都であり、世界最大規模の宗教『ルーナ教』の総本山である『セント・ルーナ』その中央に位置する『セント・ルーナ教会』
俺は家業を継いで、余生をのんびり暮らすために、俺の直属の上司である枢機卿『フォン・プラネス』に辞表を出した。
出しただけなのに、教皇に会えと言われてしまった。
なんでだよ。なんでそんな大事になるんだよ。
ルーナ教は「来る者拒まず、出る者追わず」じゃなかったのかよ。
少なくとも、教皇様は聖騎士一人が辞表を出す程度であって良いような人間ではない。……辞めたいって言ったら殺されるかな?
魔王討伐に出る前に一度だけ会ったけど、スッゴく怖いんだよなぁ、あの人。
そんなことを思いながら、痛むお腹を押さえるプラネスの後を着いていく。
◇
「聖騎士を、辞めたいとな?」
「は、はい」
「何故……何故辞めたいと申すか」
セント・ルーナ教会最奥にある聖光溢れる荘厳な教皇室。そこにまるで何千年も変わらず生えている大木のようにたたずむ(実際、ルーナ教が始まったときから教皇だけは一度も変わってないと言われている)二十歳かそこらに見える、俺の身長の三倍はありそうな大柄な青年は、肌がひりつくような声で俺にそう問うた。
「いや、その……勇者にお前は無能だから要らないってパーティをクビにされたし」
「あの童っぱぁ。色欲に溺れおったな……くっ。あやつが女子だけのパーティを望んでおるのは知っておったが、それでもなお私はカグラを遣わせた、その理由が解らぬとは……あやつには、心底、失望した!!!」
教皇様は、怒り狂っていた。
俺が、あの過酷な旅路に参加させられた理由は教皇様が直々に俺を指名したかららしい。正直あの時は余計なことしやがってと思ったし、今も精神が圧し潰されそうなほどの威圧感がなければそう思うけど。
やっぱり、自分が推薦した人間が追放されれば「顔に泥を塗られた」と思って、怒っているのだろうか。
「何故、カグラがここに来たのかは解った。だが、聖騎士の仕事は何も魔王討伐だけではない。世にはびこる悪魔を狩ったり、苦しめられる人民を救ったり――すべき仕事はいくらでもある。
そしてカグラ、お前にはそれを為せる力がある」
「は、はい」
「再び聞こう。カグラよ、何故聖騎士を辞すと申すか」
こ、怖えぇぇぇえええ!!!
え、普通に聖騎士の仕事が激務だから辞めたいんだけど!?
悪魔狩りだって、結局遠征のために野宿がザラになるし。苦しめられる人民を救うって、人民が苦しめられる環境にライフラインなんてないから、結局ご飯は保存食かよく解らない穀物をべちゃべちゃに引き延ばした粥みたいなものだ。
正直世界平和とか、救済とかどうでも良いから屋根のある部屋で布団で眠って、ちゃんと新鮮な食材で作られた温かいご飯を食べられる生活に戻りたい……なんて、とても言えそうな雰囲気ではなかった。
怖い。そんなこと言ったら、殺される。
「……そろそろ、家業を継いで。身を落ち着けたいと思いまして。親孝行もしたいですし」
「ほう」
正直家業云々はぶっちゃけ適当だ。
聖騎士辞めたら無職になるし、親が幼少期からずっと家業を継げって言ってたし。俺長男だし、折角の伝統もなくなるから継ごうかなぁって思っただけだ。
親孝行もまぁ、気分的には暖かいご飯と屋根のある寝床に比べれば二の次三の次――両者とも完全に嘘というわけではないけど、どちらかと言えば辞めるための建前だった。
「(だ、ダメか?)」
「なるほど。家業を継ぐというのであれば、私にカグラを留める資格はない。ご両親にはよろしく言っておいてくれ。後に私からも文を出そう」
「(なんで?)」
「それと。……ルーナ教は来る者拒まず――お前の子が家業を継ぎ、立派になったときはまたルーナ教に戻ってこい。私はカグラ、お前が居た方が嬉しい」
「え? は、はい。わ、解りました!!」
「行け!!」
「で、では失礼致します!!」
俺は、教皇室を後にする。
……去る者追わずのルーナ教で、あれほどまでに教皇が問い詰め渋ってきたのか解らないけど――教皇様は意外に俺のことを気に入ってくれていた?
いや、でも今回の含めても二回しか会ったことないし……。
まぁでも、もしそうなら。今までの激務が少しだけ報われた気がする。
教皇様は、何千年もそこにある大木のように――きっと教徒全員のことを見守っていたりするのだろう。
それは、スゴいと思うし。なんかちょっとだけ、聖騎士を辞めるのが惜しくなってくる。
まぁ、悪魔狩りも人民救済も過酷だし御免被るけど。
そんなこんなで俺はルーナ教を辞めた。
退職金は思いの他――と言うか、全然貰えなかったけど。代わりに、実家へ帰るための移動手段として『聖鳥』を出してくれた。
これを売って、退職金代わりに――しようなんて考えてない。
聖鳥に振り落とされそうになって、俺は慌てて思考を変えた。
「(家業を継いで、のんびり田舎暮らし――俺の未来は明るいな)」
快適な未来への思いを馳せて、俺は聖鳥に乗ったまま実家へ帰る。
◇
「プラネスよ。カグラが辞めて、寂しくなるな」
「は、はいっ……(あ、相変わらず神々し過ぎて怖いんだよなぁ)」
カグラが辞めた後、プラネスはスゴく寂しそうな教皇に「雑談がしたい」と呼び出された。しかし、その内心はもうバックバクである。
気を抜けば、教皇の気に当てられて気絶しそうだった。
「して、プラネスはカグラの戦を目にしたことはあるか?」
「は、はい。あります。何度か」
カグラは確かに剣だけの打ち合いなら勇者に劣るし、回復の祈りなら聖女は疎か、枢機卿であるプラネスにさえ劣る。しかし、それだけに過ぎない。
カグラの剣は、剣術に特化した司教クラスの聖騎士にさえ勝るとも劣らず。
回復の祈りも、祈りに特化した――こちらも司教クラスに及びそうなほどの腕前があった。
ただ『剣術』『祈り』の両方を、司教の領域に会得した者は教会の中で、カグラを除いて他に居ない。
『剣術』『祈り』は全く性質の違う事柄、ある程度なら兎も角――どちらかに特化しなければ、人間の寿命では司教クラスにさえたどり着けない。
しかし、その両方を併せ持った人間は人材として非常に貴重だった。
切られる度に自らを癒やせるから、剣の腕が多少劣っていても持久戦に持ち込むことで意図も容易くその実力差を覆せる。
それに、本来悪魔を狩るためには剣特化と祈り特化が二人一組で『バディ』を組んで、剣術が悪魔を留めている間に祈りが悪魔を浄化しなければならないが、カグラは一人で出来る。
一人で出来るから剣に関しては祈りを庇わなくて良い分、祈りに関しては剣の動きが完全に解ってる分、ロスなく行動できる。
故に、教会最強の聖騎士は誰? と問われれば、少なくともプラネスは『カグラ』と答えただろう。
そんなプラネスの話を聞いて、教皇はやれやれと首を振った。
「プラネス、結局お前もカグラの本当の戦は見ていないようだな」
「どういう事ですか?」
「しばしば気付いておったかもしれないが、カグラにとってはルーナ教の剣術も祈りも本業ではない。本業は祈祷の舞――神楽だ」
「神楽?……それは、異教徒の……」
「そうだな。だが……あぁ~一度で良いから見てみたい。なぁ、プラネスよ。今度、カグラの舞を見に、遊びに行っても良いか?」
「別に、引き留めはしませんが……教皇様はこの部屋から出られないのでは?」
「おう、そうだった! だったら、今年の晦日の儀式はカグラに舞って貰おう」
「教皇様がお望みならば」
異教徒の舞で鎮めるのは、少し――いやかなり抵抗感があるが。それ以上に教皇がそうしたいのであれば、プラネスに留める理由はない。
そして、カグラ追放に伴い勇者パーティを抜けたセラフィたちがカグラの居場所を尋ねにこの場所に訪れるのは、この日から一週間以上も後の話である。
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