ユエの守り

 ユエが村に来て二年がたった頃だった。

 その日、ユエは起きて村を歩き回っていたが、穀物庫の前でため息をつく老人を見つけた。

「どうしたの?」

「あぁ、また米がやられてしまってね。ネズミ返しをつけても、どうにかこうにか中に入られてしまう」

「ねずみってなに?」

「掌ぐらいの大きさのちょこまか動く生き物だ。保存していた穀物をかじりつくしちまうんだよ」

「ネズミが入らなくなると嬉しい?」

「そりゃあ、ありがたいよ」

「じゃあ、やってみる」


 子供はそういうと、くるりと小屋の周りを一周し、老人の方へ顔を向けにかっと笑った。

 老人もつられて笑うと、ユエは背を向け家に帰って行った。

 子供の遊びだろう。老人はあまり期待していなかったがそれ以来、ネズミの被害がぴたりと止まった。

 試しに捕まえたネズミを小屋のそばで離すと、なにかのまじないがそこにあるのか、ちゅうと甲高い声をあげ、慌ててどこかへいってしまった。

 

 老人はそれを見届けるとすぐにユエのいる家へ押し掛け、この摩訶不思議な現象を家人に話した。

 そんなことあるのだろうかと青年は首を傾げたが、物は試しとばかりにユエを呼び、家の倉庫にもしてくれないかと頼むと、これまた同じことが起きた。

 散々苦労していたネズミがこうもいなくなるとはすごいと男が吹聴して回ると、評判を聞きつけた村人がやってきて是非うちにも、うちにもと声があがった。


「みんなの元へいってもらえないか」

「良いよ」


 ユエは快く引き受けたが、子供らしく集中力は長くは保たなかった。

 最初の数軒こそすぐに行ったが、そのうちあきてしまい、桑の大木の小屋へ帰ってしまった。

 これには村人も困ってしまった。

 だが、ネズミが一匹もこなくなるという奇跡にはなんとしてもすがりたい。

 道々に休憩所があれば良いのではと、ある村人が提案し、別の木の日陰に同じような小屋を試しに建ててみた。

 村の人々が見守る中、もう帰ると言い出したユエが帰り道の途中にある新たな小屋を見つけると、周りを数回ほどぐるぐる歩き回り、扉を開け入っていった。しばらくして村の者がこっそりのぞくと中で寝ており、翌日になると小屋から出てきて、新たな家へ向かった。

 これだ、とまだ奇跡に預かっていない村人らは、道に小屋を次々と建てていった。

 女はいつまでもユエを家へ帰そうとしない村の者に腹をたて連れ帰ろうとしたが、ぐっすり小屋の中で眠るユエの顔を見てためらった。この子はふつうの子ではないのだ、ちゃんと面倒はみるからという他の者らの説得もあり、それ以上なにも言えなくなってしまった。


 これまた誰かの思いつきで、ねずみの他にも害がありそうなものに来ないようにして欲しいとユエに頼み、ぐるりと村を一周してもらうと、その年の稲穂はすくすくと育ち大いに実り、貯蔵庫がいっぱいになっても有り余るほどになった。余った分を農具と交換し、山を新たに切り開き田畑を広げた。わずかな実りでかろうじていた生きていた村が今や、活気あふれる場所になり、皆笑顔があふれていた。


 良い噂は人を呼ぶ。

 話を聞きつけ村に新たに定住する者はぞくぞくと現れた。

 その中にはよからぬ者もいた。


「ずいぶんもうけているようだな」 


 ある日のこと、山賊たちが村を訪れた。彼らは根城を探しており、その村はうってつけの場所にあった。村の者らは争いに疎く、あっという間に村は山賊たちの手に落ちた。

 ユエは村のはずれの小屋で寝ていたが、なにやら騒がしい雰囲気に起きると、いつも朗らかな村の者たちが悲しげにしているのに驚き、近くにいた者に問いかけた。


「どうしたの?」

「山賊たちが突然やってきて横暴を働いているんだ」

「さんぞくって? おうぼうってなに?」

「あの怒った顔をしたやつらのことで、悪いことをするんだ。この村に住もうとしてみんな困っている」

「じゃあ、あの人たちが村に入れないようにしたらいい?」

「そんなことできるのか?」

「うん」

 ユエは頷くと、山賊たちのいる場所へと向かった。


 山賊たちは目の前に現れたユエにいぶかしんだ。

「なんだこのガキ?」

「でてって」

 ユエが一言言った瞬間、山賊たちは宙に浮き、そのまま村のはずれまで飛んでいった。

 狐に化かされたような出来事に彼らはしばらく惚けていたが、はたと我に返り村に戻ろうとしたができなかった。 

 穀物庫に入れないネズミのように、山賊たちは一歩たりとも村に入れなくなっていた。

 皆があっけにとられる中、ユエは欠伸ひとつすると、近くの小屋へ帰りぱたんと扉を閉じた。山賊たちはしばらくわめいていたが、どうにもならないと分かるとすごすご退散していった。


 それからというものの、ユエは望まれるがままに歩いた。

 ユエの守りと呼ばれる境界は遠く離れた場所まで届くようになり、他の村を吸収しては栄え大きくなっていった。

 やがていくつもの町を呑み込みユエの国と呼ばれるようになった頃には、力を使い続けたユエは疲れており、近くにあった小屋で眠りについた。

 彼としてはいつものように少し一休みするだけのつもりであった。周りもすぐに起きてくるだろうと思っていた。

 

 けれどユエはおよそ五百年間眠り続けた。

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