第25話
悩みながら私はルームに向かう。ミクリ所長の考え方とか、矜持とか、バイトみんなのセックスへの真剣さ、すべてがすごく学びになった。それは間違いない。ただ、それで私は、ハルカに美術の実力で大きく抜かされてしまった。やはり自分のやるべきものを、そろそろやらなければいけない。
ルームにはいつも通り、同じシフトの美園先輩………ソノコさんが居た。彼女には伝えないといけないことがある。
「美園先輩、どうして旦那さんがいるのにここにいるんですか」
「ああ、あなたダイゴに会ったのね。変な社長でしょ」
見た目は金髪ギャルだが、口調は普通の女性という感じだ。もう取り繕わなくてもいい、そういう意志をひしひしと感じる。
「旦那さんがいるのに、他の人とセックスをするのは失礼なんじゃないですか」
「まさに自分から寝取られに行っているようなもんよね………ただ」
「ただ?」
「………どうして逆に気づかなかったの」
「え? なんて」
私のスマホにLINEの通知音が鳴る。相手は、伊吹ワタル。
「ああ、知ってた。今更もとに戻れないもんね」
私は少し嫌な予感がしていた。ひしひしと、自分が今まで無視してきた大きな脅威を、今、ものすごく感じつつある。
「ここで働いたのは、妻の役目からの解放。そして」
「愛しています、双葉ヒカリ、頑張り屋さん」
「え…………」
美園先輩は右手の手のひらを上にして、そして、冷静にお辞儀をする。
「ワタル君には申し訳ないけど、付き合ってくれませんか」
私は同性愛という存在を知っている。肯定されるべき存在なのを知っている。しかも尊敬する先輩だ。困った時、私に手取り足取り教えて、ここで働ける地位を作ってくれた、恩義のある大事な友人だ。ずっと一緒に毎週この時間、バイトをしてきたビジネス・パートナーだ。そして、処女膜を通されるとか、痛いとか、そういうことを全く考えなくてもいい相手だ。
だから衝撃だった。まさか恋人として、片思いを募らせてきて、全く気付かなかったなんて。ずっと支えてきてくださった大事な人。なのに、私はその恩をあだで、そのあと付き合ってって言ったワタル君に譲ってしまった形になる。今、美園先輩の目から涙がこぼれている。どうして私じゃないの、どうして伊吹ワタルなの、どうして私の愛に、私の想いに、私から言わないと気づいてくれないの。ずっと、恋愛相談に答えてあげたのに。優しいギャル先輩として耐えてきたのに。何より、先輩って呼んでくれた、最後まで疑ってくれなかったことがこれ以上もないぐらい嬉しかった———
この人に、体を許せるだろうか。好きだ、先輩として、友人として、仕事人として。耳を舐めてもらうぐらいは平気だけど、この人に性器を舐めても、私は反抗しないだろうか。そしてこの仕事で、他の男性ないし女性に、「自分で稼ぐお金のためにセックスしなきゃいけない状況」で、私は私の体を許せるのだろうか。
そういう時に使えるのは「保留」という概念。私は、彼女の答えを保留する。
「すいません、少し待ってていただけませんか」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます