第22話
連れていかれた焼き肉屋は、やはり高級焼肉店だった。昼はリッチな喫茶店だったので、おなかを壊さないかが心配だ。というか、これからゲストハウスに連れていかれるとかどういう展開ですか………。
「若いんだから、遠慮せずに食え。太るとか気にせずどんどん食べろ」
「あ、はい」
こいつ、親戚のおじさんかよ、気持ち悪い。
「でも、この僕も、実際は二十五歳。ワタル君の三つ上、そして、ソノコと同い年だ」
「ソノコって誰ですか」
「ああ、君のところでは偽名を使っているね、美園先輩さんだよ。逃避している僕の妻だ」
「え………そうなんですか」
「ははは、あんな金髪ギャルぶってるけど、実はヒカリちゃんなんかより、もっと地味な女の子、というか年上のおばさんだけど」
この男の言うことが本当ならば、かなり衝撃的な事実だ。美園先輩、浮気相手を探しているとか………それともあれか。この天才起業家に負けないように稼いでいるのか。というか、こんな男、絶対に私だったら嫌だから、性の楽園に抜け出したいわぁ。
「僕はね、浮気調査でずっとミクリのとこで調べていたの」
「起業家は案外暇なんですね」
「うるせぇ、僕のGoogleカレンダーをちゃんと見てから発言せい」
面倒臭そうだな、この人。そしてなんでここまで執拗に私の事を追いかけているのか。いまいち見えてこない。美園先輩は発電所に行っている以上、私の仲もいいが、他の人とも、それこそもっとベテランの男の人と浮気している可能性のほうが高い。だったらやっぱり運命の相手と一緒になろうという魂胆か。
「僕が君のことを執拗に誘うのはね、『コーレス』史上出たことない数値・マッチング率100%を出したのもそうなんだけど」
「奥さんいるのに最低じゃないですか、浮気する理由わかるわー」
店員さんがアルコールとお冷を差し出す。しかし、ダイゴ社長は受け取らず、話し始める。
「僕は審美眼を持ち合わせていいない。やはり思った通り、友人のハルカとやらのほうが優秀そうじゃないか」
黒メンズがA4クリアファイルをダイゴ社長に渡す。その中の紙を読んだのか、ふむふむと、うなずく。実力不足なの分かっているのが少々うざったらしい。でも実力の差は仕方がないとしか言いようがない。
「そして君は、親御さんのお陰で僕に恨みを持っている。いやぁ、ベストマッチングだね、これは」
「どこがですか」
「要するに、僕は君をうちの顧問エロ漫画家/エロ美術家として雇いたい」
黒メンズがフリップのようなものをかばんから取り出す。そこから急に営業トークを始めた。………これ焼き肉屋だからかえってやりづらいんじゃない? てか今やる必要ある?もう明日になる時間なのに。
「僕はね、『コーレス』を日本中にもっともっと拡散されるのが夢だ」
「経営者なら当然のことでしょうが、それが私と何の関係があるんですか」
意外とこの人に強く出ている自分がいる。時の権力者のようなものかもしれないのに。幼いころから貯めてきた憎しみのお陰だろう。貯金を今大量に使い果たそうとしている。
「セクシュアリティ発電所なんていう発電所を撲滅するため」
「ほう」
「誰も性的欲求の解消や、人生の虚しさに困らなくするために、僕はマッチングアプリですべての出会いをサポートする、それがぼくの夢だ」
「でも、その出会いで、私の父は離婚したし、だいいち本当の母が私を捨てたじゃありませんか」
「それは未だに『コーレス』が未完成だから。そしてもう一個。『コーレス』を取り巻く環境、今のポルノ不足がこの問題を引き起こしている」
「なるほど」
ちょっと全然意味が分からないのだが、聞いているふりをして適当に答える。
「『コーレス』では、性的欲求を解消するのが実に難しくなっている。特にコミュニケーション能力は『コーレス』では人任せということだ」
「確かに、私は今でも使おうとは思いませんが」
「だから、そのサポートとして、ポルノを君に書いてほしい。出来るだけ美しいもの。ね」
「でも、私は美大の課題で忙しいですよ」
「もちろんそれは分かっている。だから君をお抱えにする、そして学費もこっちで免除するし、作品提供の機会ならいくらでもやる、君はいい絵を描いてくれれば十分だ」
一呼吸おいてダイゴ社長は私に言う。
「庇護に入れ、結婚しろ」
ジェンダーにうるさくない近代社会でも、それは否定されるだろう言葉だった。
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