第17話

 案内されたカフェは、チェーン店ではなく、趣のある個人経営の店だった。もし、勧めてきたのがスタバやドトールだったら、嫌な気分になっていたかもしれない。それに、久々に五百円のコーヒーが飲める。茶色い染みがついた紙のメニューが高級感で輝いて見える。


「ケーキセットをお願いします」


「俺も」


「かしこまりました」


店員さんが背を向けた瞬間、私は堰を切ったように話し始める。特に話したいことはないけど。


「ワタル君ってさ、セクシュアリティ発電でセックスしたことある?」


「今更何を言っているのさ。あるに決まっているじゃん」


 ワタル君はスマホを弄りながら適当に答えた。確かに、こんな堅い感じの、しかも慶應近くのカフェで、大声で聞くような質問でもなかったか。恥ずかしいな。


「でも、俺は童貞卒業してから、前の彼女とヤッてからの話だから」


「あ、そうなの。やっぱり彼女いたんだ」


 普通、前の彼女の話をされると、今の彼女は嫉妬するとかいうけど、逆に安心する。ワタル君は、セクシュアリティ発電で童卒したわけではない、ということだ。金のために「はじめて」を捧げられるほど、彼は困っていないということだ。


「闇深いんだぜぇ、あいつ」


「そうなの?」


「俺結構頑張ったのに、途中から俺を二番手扱い。見事にセフレになりましたとさ」


「可哀想に」


「そう言うなって。結局これが無ければセクシュアリティ発電なんてとこ、行かないから」


 注文したケーキセットがやってくる。チョコモンブランとブラックコーヒー。彼はコーヒーを啜ってから神妙な面持ちで話をし始める。


「実は、セフレって割り切ってからセックスしたときの方が楽しかったのさ。セックスとしては」


「ふうん」


「恋愛とか関係性の上では、心がぐっちゃぐちゃだったんだけど」


「どういうこと?」


「俺、最初はあいつのことが好きで、普通に付き合ったんだけど。だんだん嫌いになってきちゃってさ」


「うん」


 ここのコーヒーはすごく濃くて苦い。すっぱい後味が激しく舌に残る。双葉ヒカリと伊吹ワタルの仲を、行方を彼は予感しているのか。ホラー小説を読むような、怖いもの見たさで話を聞く。


「でも、セックスする相手を失いたくないっていうか。なんかセックスする相手が出来るってだけで、すごい安心しちゃって」


「すごい最低な男が誕生しちゃったじゃない………」


「逆に未来とか気にせず、セックスできる関係性が出来上がってからは、もう恋とかいろいろ考えなくてもいいじゃん」


 ワタル君はふと窓を見る。窓の外は店内と違い普通に明るいただの街並み。


「やりたいだけならそっちのほうが楽だわな」


「でも、やっぱり彼女にいろいろ申し訳なくなってさ。本命の男に悪いだろ」


「ワタル君、あなたは優しいのね」


 酸っぱくなったお口周りにモンブランケーキをねじ込む。ココア味が口の中に広がり、バナナの甘さでコーティングされる。


「あと、これは『コーレス』で出会った女。だから、相性がいいと思っていたけど、実はセックスしたかっただけなのかもしれないな、俺」


 マッチングアプリ『コーレス』は天才起業家・寿ダイゴが発明したシェアナンバーワンのものだ。LGBTなどいろいろな形態の恋愛にも対応している。ウチの両親もそれで結婚し、私を養子に迎え、離婚した。『コーレス』は私にとって憎き宿敵のようなもの。全てを信用しちゃいけないってことだ。

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