第16話

 ということで、私は友人に敗北した。講評が終わった後、ハルカに話しかける。


「ハルカ! 良かったじゃんね、今回の作品!」


「………」


「ほんと、先生からもべた褒めだったね、珍しいよね! あんなに言われるなんて」


「………ごめんヒカリ」


「何が?」


「次バイトだからもう行くね」


「………」


 申し訳なさそうな顔をして、そそくさとハルカは教室を出る。


嘘だ。この時間にシフトなんて無かったはずだ。万が一ヘルプが入っていたとしても、この言葉は嘘だ。この人は謙虚が行き過ぎて、自分のすごさを簡単に貶めるような人じゃない。むしろ自信満々で、どんな素人だとしても、褒められたら天に舞うように喜ぶようなやつだ。


だったら、私に向けたのは同情以外の何物でもない。なんだよ、それって。


飾ってある『ムンクの叫び』を見て、涙がこぼれる。


 今日だけは絵を描く気になれなかった。神様はとてもご都合のいいもので、この後、久しぶりの休暇として、ワタル君のデートがある。本来ならばしっかり筆をとらなきゃいけないのだけど、多分無理。だったらまだ、どこかに逃げていたほうがましだろう。


 田町駅の改札を抜ける。夕方5時前とのことで、サラリーマンやら慶應生らしき学生やらがごった返していた。ワタル君がどこにいるのか、私も人混みの中に突入する。案外すぐに見つかって、彼は人混みの川、三つぐらい向こう側でイヤホンを付け、スマートフォンを弄っていた。


 ワタル君とのデートは付き合って三カ月になり、これが五回目のデートになる。一回目は渋谷で待ち合わせ、二回目はいきなりディズニーランド、三回目はお台場、四回目は私の大学の近く、そして五回目でワタル君の大学の近く。いつでも彼は、イヤホンで何かを聞きながら待っていた。


 セクシュアリティ発電所で付き合い始めた、にしては一度もまだルームでも、ホテルでも、セックスをしたことが。私たちはのんびりとした普通のカップルだ。


 人の川を三回横断し、ベージュのシャツにボトムスを履いた彼に話しかける。


「ワタル君ごめん、待たせちゃった?」


「いやいや、むしろ早いぐらいじゃない? そう簡単に謝るなよ」


「あ、ありがと……」


「じゃ、行こか」


 さりげなく手を掴んでこようとするが、私はパッと手放し、掴みなおす。


「やっぱ、自分からじゃないとなんでも嫌なのな」


 彼はニタニタと笑う。いつものことだが、このいつもがいつまで続くのだろうか。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る