第12話
出来るだけ落ち着くルームでやったほうが、オナニーを上手にできる。そう言われた私は、人気のなく、ガラスで透けていないルームに入った。よく手を洗い、アルコール消毒をし、しっかりハンカチで手をふく。「普通の部屋の香り」というアロマを焚く。家の香りが六畳間に広がる。
ベッドの先にある大きなテレビで、おかず(これもミクリさんに教えてもらった)を検索する。異性愛派?だと思うので、男女が性行為をしているところを映す。そしてパンツの中に手を入れ、弄る。自分で自分の恥部を触るのは恥ずかしい。恥ずかしさがこみあげてくる。恥ずかしい事をしている自分に興奮する。
でも、いや、え、あ、うん、あれ。
仕切り直しをしよう。再び手を洗う。今度は服を脱いでやってみる。ついでにシャワーも浴びてくる。風呂代浮くなこのバイト。ああ、私っていやらしい女。公衆の面前でこんなのできないでしょ、私。あぁ、あぁ、あぁ。
結論。やっぱりイケない。絶頂できない。どうしよう………。
いったん夜ごはんを食べて仕切り直そう。でもこのまま一人でやっていると、またイケなくなるまま終わってしまう。あ、そうだ。こういう時に頼るべき人がいたじゃないか。スマホの画面を開き、メッセージを打ち込む。
「昨日はありがとう 今日シフトある?」
相手はもちろん、昨日じゃれあったワタル君だ。彼にクリトリスを舐めてもらったり、指を入れてもらったりしたほうがいいんじゃないか。鶏が先か、卵が先か、自慰が先か、本番が先か。自慰が出来なければ本番を先にやればいいじゃないか、悪くない。
いや、違う。私は決定的な事を見逃している。昨日、一目惚れしたくせに、キスを拒んで突き飛ばしたじゃないか。その前には、美園先輩に抱かれただけで拒絶して逃走したじゃないか。他人に触れられただけで、拒絶反応してしまう。おそらく、美術を好きなった、広すぎるパーソナルスペースのせいかもしれない。
私は中高一貫校のお嬢様学校で育ったが、正直、高校の課程はほぼ行っていないも同然。授業の時は美術室で一人ずっと絵を描くか、動画サイトで勉強するか、漫画とアニメを読むか。外部の子も混じったクラスで、環境の変化についていけず、内部の子にもひどく嫌われた。
話をしても聞いてもらえず、私はどんどん口を閉ざしていった。その影響で、他人が自分のテリトリーに来るだけで、何かが侵されたような気持ちになってしまう。こちょこちょが嫌いなのも相まって(幼少期それで虐められトラウマになった)、自分の肌に、他人の肌が触れられるのが、無意識下で嫌だと訴えてしまいたくなる。
だから、抱かれるキスされることがダメなのに、いきなり男とセックスなんて出来るわけがない。ワタル君を呼んでセックス拒否するなんて悲しませたくないし、第一意味が分からない。
かといって、自慰も出来ない。ミクリさんの言う通り、落ち着いた部屋で、手をよく洗い、おかずを堪能し(堪能したかは微妙)、普段好みのアロマを焚いたのに、全く性的興奮が湧いてこない。せいぜい変態な自分に対して、恥じるぐらいの気持ちしか湧いてこない。昨日もそうだったけど、他人の異性愛、同性愛、縛りプレイを見ても、美術的な観点でしか、興奮できなかった。
いやいやいやいや、本当にどうすればいいんだよ! 自分がこのバイトから振り落とされる恐怖もあるけど、それ以上に、これから一生、性愛感情や性的快楽を一切味わえないで人生を送っちゃうかもしれない! そんなの虚無すぎる。汚らわしいけど虚無すぎる。急に、人より人生損しちゃっているんじゃないかと心配になる。どうしよう………。
スマートフォンを開く。画面が黒いままだと、虚しい自分の悲しい顔が映って嫌だ。せめて、画面を照らして、自分の存在を忘却したい。パスコードを開き、心寂しいので、音声認識ソフトを開く。認識開始ボタンを押し、スマホセンセイに私の悩みを吐き出す。困ったときはスマホ、現代人の常識だ。
「ねぇ。出来ないことってどうすれば出来るようになるのよ」
「そうなんですね」
そこは同意だけかい。鼻で笑うしかなかった。
でも、スマホセンセイは人間じゃないから分からないよね、性欲なんて。将棋の駒はさせるかもしれないけど、女の子には何も挿せないもんね。性欲なんて君にはないんだ。(スマホセンセイのジェンダーを勝手に仮定してしまった、ごめんなさい)
それでいうと、ミクリ所長は保健室的な説明はしてくれたけど、女性の身体を持ち合わせていない。射精はあるけど、クリトリスを弄り続けたことはないのだ。そのミクリ所長の教えで、私は絶頂出来ない、人生詰んだとか言ってもしょうがないのだ。
画面を切り替え、美園先輩にメッセージを送る。
美園先輩
お疲れ様です。自分なりに、オナニーを試しましたが、全然イケません。
他人のセックスを見ても、性的興奮すら覚えません。
本当にどうしたらいいんでしょうか。もしシフト空いていたら、相談にのってほしいです。
失礼します。
双葉
こりゃ狂ったメッセージだな。
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