第11話
ヒカリちゃんへ
大学お疲れ様です。もし、今日空いているなら、発電所来てくれるかな。
話したいことがあります。昨日すっかり言い忘れたんだよね、ごめん。
御厨
ミクリ所長からそのようなメッセージを受けては、東新宿発電所に向かわざるを得なかった。話したいことがあります、と言われて、経験上、お説教やお叱りじゃなかったときはない。ひやひやしながら、歌舞伎町を歩く。
でも正直、辞めたい気持ちもあった。やっぱり、ここで働くのは後ろめたいことだなと思ってしまうからである。あと、やっぱり汚らわしいなぁとか思ってしまって、申し訳ないからだ。
東京電力東新宿発電所と書かれた、ガラス製の扉が自動で開く。透明の先に見える景色はオフィスを装った灰色だ。スーツと缶コーヒーがよく似合い、淫乱な事が行われているとは思わせない。あーあ、ミクリ所長にはなんて言われるんだろう。
ロビーに入ると、受付嬢の人が立っていた。5人ぐらいいる。………多くない?
昨日はここにミクリ所長が迎えに来てくれたけど、今日はここにはいない。受付嬢の人に、ミクリ所長の所在を聞くと、二階に居るというので、エレベーターに乗る。
受付嬢の言う通り、やはり二階のパブリックスペースらしきところで、ミクリ所長はPCをもって作業していた。ミクリ所長、と呼びかけると、すぐに自分の存在に気づく。
「大学お疲れ、ヒカリちゃん。個室抑えておいたから、話そう」
ミクリ所長、まさか、ルームにつれて、私を襲うんじゃ………。
でも、その期待はいい意味ですぐに裏切られた。
「ヒカリちゃん、あまりにも君は無知すぎるので、僕がいろいろご教授しよう」
ホワイトボードの前に、ミクリ所長が立つ。私は置かれたイスに座らされる。ノートパソコンをチェックしながら、ホワイトボードに図形を描き始める。女性のおまた。それぞれの部位を説明する。
「まず、クリトリスっていうのは、ここを指して、で、オナニーはここを弄ることによって、快楽を得るといった自慰行為のことなんだ」
教員免許とっていないのに、義務教育僕が教えてもいいのかな……と戸惑いながら、説明する。オナニー程度の基本用語はさすがに知っているが、クリトリスって言葉は初めて聞いた。
「女性がオナニーすることは何ら不思議なことじゃありません。小中学生のうちでも経験する人は結構多いです。逆に、ヒカリちゃんのように知らない人は、僕は人生で初めて見ました」
まじか。なんで学校はオナニーの事を教えてくれなかったんだ。生理の事は、教えてもらったけど、結局両方父親だし、処理とか自分でネットで調べた記憶がある。この国の性教育って何なんだよ~。いや、うちの学校が悪いのか。
「そんなにオナニーが一般的な行為だったとは、初めて知りました」
「快楽は普通に味わっていいものなんだ、食欲を公然にしない人はまずいないからね。まずは汚らわしいとか思わずに、性を楽しもうという姿勢を持つことが、この仕事では大事だよ」
「なるほど、勉強になります」
「そして、ヒカリちゃんが、別に三日以内にオナニーが出来なくともだ。性欲がしっかり世の中の役に立っていることを知ってほしい。性に対して後ろめたい気持ちを持ってほしくない」
妙に納得してしまった。世間知らずのお嬢様に教えてくれる優しさももちろんのこと、この人は、世間的に必要とされているのにかかわらず黙っていなきゃいけない職業を、肯定的に見ている節がある。誇りを持っているところがかっこいい。
「かっこいいですね」
「当たり前だろう。社会のインフラ。そこに携わる仕事が出来るってだけで僕は幸せ。さらに、この仕事場が無ければ、犯罪者として世の中に君臨しちゃう人だっている」
「どういうことでしょうか」
「言わなきゃ分からないかな。いや、分からないか。性を思いきり謳歌してもいいのは、この場所だけなんだ。性欲が強くて自己肯定感が低い人がいれるのはここだけ。僕はそれを安全に守り続けたい」
「私も、オナニーが出来るように頑張ります」
それから、ミクリ所長は、オナニーをするときは、手を清潔にして、強い衝撃を与えずに、優しくこすってあげて、とアドバイスしてくれた。
「でも、採用としては、発電出来ない存在は、役立たずと一緒だってこと。採用するからには、しっかり役に立てるような人材じゃないと、この会社では要らない子だ」
厳しい顔で私に冷たく言い渡す。手から、しっかりオナニーを覚えろよ、セックスを覚えろよ、という黒いオーラがにじみ出ている。ミクリ所長がしたいお説教とは、この一言に尽きるとみた。
でも、やっぱり続けたい。社会から嫌がられても、性の楽園というものを直視したい、しなければならない。美術で世の中に何か訴えるなら。ミクリ所長の考えを少し抵抗はあるけど、受け入れてみたい。
それに、自分もきっと、下手したら犯罪者として君臨するような、自己肯定感の低い人なのだ。
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