第7話

 習うより慣れろの精神で、とにかくたくさんのセックスを見た。ゲイやレズビアンはもちろん。ラブリーポップでプリンセスなセックス。酒池肉林宴会部屋での大人数輪姦サークル。動物園のパンダを見るような気持ち、いや、サーカスで白ライオンを見ているような気持ちだった。職業とはいえ、契約とはいえ、やっぱりセックスは痛そう……。挿入とか怖い。だから、ミクリ所長はオナニーから始めろとか言ったのかもしれない。


「あ、ごめんヒカリちゃんトイレ行ってくるわ」


「僕も」


 熱血教師の二人はトイレに行ってしまった。一人ぽつんと廊下に残される。


 少し歩くと、ルーム78と名付けられた部屋の中で、女性が何人かしめ縄のようなもので縛られ吊るされていた。さらに奥には、男性も何人かしめ縄のようなもので縛られて吊るされていた。深夜の世界旅行番組で見るような、ヨーロッパの吊るされたチキンやソーセージ。彼ら彼女らは綺麗に陳列されていた。しかし、縛られ方が微妙に異なっていて、真っ逆さまに吊られて足首を縛られている場合もあれば、手首と足首を両方縛られている場合もあった。でも、肉体の美しさを損なわないような縛られ方で、どこか美を感じるようなアートであった。


 正直言って、今までのセックスの中で一番興奮するかもしれない。体の奥底から、ムラムラと性欲らしい感情が湧き上がってくる。吊られている男女の対岸には、仮面を着けた女が、鞭をもって、パンパンと手の上で鳴らす。


 やばい、かなりこれはめったに見られない光景だ。興奮といっても、ムラムラといっても、私から出てくる感情としては、描きたいという衝動だった。ちょっとメモっておくぐらいならいいかな。タブレットとタッチペンを取り出す。そこから縄に縛られた緻密な人間のフォルムを描きあげる。


 葛飾北斎が描いた『蛸と海女』。


 それを見てしまったときの感触に似ている。蛸が海女のクリトリスを舐めているあの奇妙さに似ている。無心で描き続ける。


「あのさー、私、そろそろ帰りたいんだけどー?」


「美園さんは帰ってもいいですって、ここは若者の僕がヒカリちゃんをタクシーで送りますって」


 何やら後ろから不穏な声がする。しかも、聞き覚えのあるような声……


 ちょっと待って、でも今相当いいところなんだけどさ、足の指、足の指。


「タクシー?」


 私がふと後ろを振り返ると、眠そうな美園先輩とワタル君が、私の事を待っていたようだった。タブレッドの時計表示を見ると、22時半。もうこんな時間ですか!


「縄部屋のセックスなんて、もうとっくのとーに終わっているんですけど?」


 はおぁあとあくびをして、美園先輩は私の事を待ってくれた。


「申し訳ないです………!」


 土下座の一歩手前で、ワタル君は一歩止める。


「まぁまぁ、美園さん。僕は彼女の才能にびっくりしています。 ずっとこの縄の美女のスケッチをタブレッドで書いていた。そしてすごくうまい」


 私のタブレッドに書かれている、女性の身体を見てそういう。一応入試は通ったけど、美術の世界は厳しく、なかなか褒めてもらえない。そんな自分としては、「すごくうまい」という一言は最上の料理のように嬉しかった。さらに、ワタル君が言及する。


「ヒカリちゃんってホント、めっちゃ絵うまいよね。将来は画家さん?」


 二重に褒めるワタル君の言葉に、結果が伴っていない自分が情けない。しかし説明する。


「まーそうなれるといいんですけど。美術学校でのお金を稼ぐために今必死にオナニーを習得しているんですよね」


「本当に凄いね!」


 肩を掴まれるぐらい、不思議とその人は興奮していた。


「でもひと段落したし、本当にお二人に申し訳ないので帰ります」


「そーねーもう眠いし化粧落としたいわよ」


 美園先輩とワタル君のタイムカードはとっくに切られていた。私たちは、夜になると盛んになると言われているセクシュアリティ発電所を後にして、とりあえずいったん引き上げた。

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