第53話 シルヴァイン探偵事務所

「何が何でも絶ッ対に犯人を見つけてやるわ!」


 キティラに会いに行った日の翌日。アリーチェはわたしたちと顔を合わせるなり、開口一番そう叫んだ。大声と共にテーブルをドンと叩く音がギルドハウスに響き渡った。

 どうやらキティラの件は落ち込む方向ではなく、怒りに昇華されたようだ。


「いいんじゃない」

「ヒナヤも! ヒナヤも協力するから! なんでも言ってね!」


 間髪入れずにうなずくわたしやヒナヤと違い、シュテリアは少し考えこむように口元に手を当てた。


「いいですけど……『不気味の谷』の探索はどうするんです。延期しますか?」

「うっ、それはちょっと」


 返答に詰まるアリーチェと目が合った。

 仕方ない。


「……あー、まずはどうやって犯人を探すのか、ざっくりとでも決めないことには探索と両立できるかもわかんないと思う」

「そうよね」

「で、アリーチェ、そこらへん考えてあるの?」

「考えてないわ」


 アリーチェは堂々と言い切った。ノープランを一切恥じることない姿。一周回って清々しい。


「いや、あのね? 誰が怪しそうだとか、そういうことは考えてたわよ。でも、調べ方までは考えてなかったってこと」

「はい! それなら、ヒナヤに良い案があります!」


 勢いよく手を挙げたのはヒナヤだ。

 予想外の参戦者にわたしたちの視線が一気に集まる。注目を一身に集めながら、ヒナヤは得意げに端末を掲げた。

 そこには、彩度の低いビルの写真と、虹色のフォントで書かれた『シルヴァイン探偵事務所』の文字がでかでかと載っていた。





「そう。それでうちに依頼を」

「そうそう! シルくんならどんな難事件でもズバッと解決してくれるもんね!」

「いや、そんなことはないんだけどね……はぁ」


 事務所にため息が充満する。

 部屋に入った時は、写真で見たよりも綺麗な場所に感じたのに、今は心なしかくすんで見える。終始にこやかなのはヒナヤだけ。アリーチェもシュテリアも居心地が悪そうだ。

 向いに座るエルフの男性もまた酷く怠そうであった。


「えーっと、アリーチェさんでしたよね。彼女に何を吹き込まれたか知らないですが、本当にうちなんかでいいので?」

「……その、もしかして、迷惑でしたか」

「いえ、そういうわけでは……ただ、後悔してもしらないですよ。うちで出来ることなんてタカが知れてるので」


 仮にも客に向けたものとは思えない発言を放ち、探偵事務所の主、シルヴァインは眉をひそめた。エルフ特有の整った顔立ちで物憂げな表情をされると、なんだかこちらが無理難題を持ちかけているような気にさせられる。ただ依頼をしに来ただけなんだけど。

 さすがのアリーチェもこの歓迎されてなさには参った様子で、ヒナヤを軽くつついた。


「……ねえ、大丈夫なの、ヒナヤ。アタシたちすごく迷惑がられてない?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、シルくん少し照れ屋さんなだけだから」

「いや、君が持ちこむ依頼は面倒なのが多いから警戒してるんだよ。たいていいつも碌なことにならない」


 シルヴァインのにべもない言葉。

 依頼人も探偵も誰もが憂鬱な表情を浮かべる中、仲介者だけが終始にこやかだ。遠回しに、いや、もうほとんど直接的に「帰ってくれ」と言われたようなものだが、ヒナヤの表情は涼しげなまま。おそらく、シルヴァインにとってはヒナヤのどこ吹く風な態度もまた、いつものことなのだろう。しばらくすると、諦めたように嘆息した。


「……ま、いいでしょう。やりますよ。やればいいんでしょう。選抜試験にあたってアリーチェさんのチームメイトを脅迫した犯人の捜索ですね。一応、やれるだけのことはやってみます」

「えっ、いいんですか」

「ええ、仕方ないので」

「やったー! さすがシルくん! 頼りになる!」

「できれば頼られたくはないんだけどね」


 一際大きいため息がシルヴァイン探偵事務所を包んだのであった。





 こうしてわたしたちは、シルヴァイン探偵事務所に依頼したのだけど、二つほど予想外のことがあった。


 一つは、探偵シルヴァインは意外にも職務に忠実かつ勤勉だったということ。

 二つは。


「……まさか、ニサが探偵事務所で働いてたなんてね」

「はい、一般試験の後、バイトを探していたらいろいろあって、今は探偵さんの助手をしてます」


 早くも調査に進展があったようで、シルヴァイン探偵事務所から助手が報告にきた。何かと忙しいみんなに変わってヒマなわたしが応対することになったのだけど、まさかその助手がニサだとは。予想だにしなかった再会である。


 山猫ミシカンカスの乱入によって荒らされた一般試験。多くの参加者が猫という常人では敵わない圧倒的な存在を思い知り、探索者になる未来を捨てていった。ニサもその一人だ。

 それなのに、よりにもよって探偵事務所で働いているなんて、大丈夫なんだろうか。


「余計なお世話かもだけど、探偵って猫探しを請け負うこともあるんでしょ。……怖くないの?」

「それは、えーっと……逆、ですね」

「逆?」

「猫はいつどこに現れてもおかしくないから。それならいっそ探偵さんの側にいた方が、少しは猫の居場所を予測したり、見つけたりできるので、安心できるなって」

「あー、ね。なるほど」

「その、ですから、私は楽しくやってますよ」


 ニサは少し照れた様子で小さく頭を掻いた。指先のネイルがきらりと光る。ふわりとウェーブがかった髪といい、一般試験で共に戦った時よりも一回りも二回りも大人な雰囲気を感じる。


「それで、調査の件なんですけど――」

「……あ、うん」


 そして、ニサはここにきた本題を語りはじめた。


「みなさん最近、『不気味の谷』への挑戦を始めましたよね」

「うん」

「実はキティラさんも亡くなる前に、何度も『不気味の谷』の近辺にきていたみたいなんです」

「……『不気味の谷』って未踏圏だけど」


 未踏圏は迷宮の主を倒した探索者でなければ挑戦できない。まだ探索者ですらなかったキティラに用がある場所だとは思えなかった。


「ええ、ですから、シルヴァインさんも気になっているみたいです」


 『不気味の谷』は迷宮都市フェゼルバーリからかなり離れた場所にあるが、近辺に転移陣があるため行き来自体は容易だ。(転移"陣"は転移"軸"と違い、作成・維持コストが膨大な代わりに『目的地に訪れたことがないと使えない』という制限がない)


 わたしたち、水菓子の花便りウォータークッキーも『不気味の谷』へと何度か足を運んでいるけど、あの辺りは廃墟ばかりで何もない場所だ。

 まず『不気味の谷』周辺にはそもそも街がない。廃墟が点在していることから、遠い昔、それこそ人間が滅ぶ前の時代には集落が存在していたと考えられるけれど、それはあくまで過去の話。

 今、『不気味の谷』周辺にある施設といったら、転移陣の設置されたターミナルくらいのものだ。

 廃墟巡りが好きでもない限り、わざわざ行くような場所ではない。


「……他に捜査の進捗は?」

「今わかっていることは、まだこれだけです」

「そっか。思ったより、結構マメに報告してくれるんだね」


 正直、あのシルヴァインとかいう探偵は、顔を合わせた時の印象だと、こちらから催促しない限りギリギリまで仕事を先延ばしするんじゃないかと思っていた。

 実際は連絡がマメ過ぎるくらいだ。


「あ、いえ、シルヴァインさんも普段はこれくらいの内容では報告に行かせないです。ただ、ひとつ心配なことがあるみたいで」

「心配?」

「……エイシャさんは、犯人がなぜアリーチェさんのチームメイトを脅迫したのだと思いますか」

「動機ってこと? そりゃ――」


 ――選抜試験に合格するためだろう。

 アリーチェのチームは、試験合格の最有力候補だった。そこが脱落すれば枠に一つ空きができるのは間違いない。


 それが普通に思い当たる考えだ。

 しかし、わざわざこの質問をしてきたということは、少なくともシルヴァインはそれ以外の可能性も視野に入れているということだろう。

 となると。


「あー……もしかして、アリーチェへの私怨。嫌がらせもあり得るって考えてる?」

「そ、そうなんです。もちろん、十中八九、選抜試験合格が理由だろうけど、純粋に怨恨の可能性もなくはないって……あ、言ってたのはシルヴァインさんですよ」

「……自分が受かるためではなく、アリーチェを落とすため」

「その可能性がある以上、皆さんに忠告しておくべきだって」


 今、わたしたち水菓子の花便りウォータークッキーは竜血樹を倒した新人探索者として、世間から注目されている。その注目度ははっきり言って普通の選抜試験合格者たちより、遥かに高い。

 もしも、動機がアリーチェへの恨みだとしたら、この状況は犯人には面白くないに違いない。


「気にし過ぎかもしれないですけど……気をつけてくださいね。エイシャさんに何かあったら、弟が泣いちゃいますし」

「弟?」

「私、仕事が終わった後は皆さんの動画を弟と一緒に見てるんです。弟、いつも楽しみにしてるんですよ」

「へ、へえ」


 面と向かって言われると何だかかなり小恥ずかしいものがある。


「『不気味の谷』の攻略がんばってくださいね!」

「……うん」


 わたしは頬を掻くと、戸惑いながらもゆっくり頷いた。

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