第三迷宮 不気味の谷

第51話 シャットダウン

 どうにも事態が良い方向にばかり転がり過ぎている。


 例えば、アリーチェの蘇生費用。

 蘇生行為とは、本来なら交換不能である『命』という神秘を他の価値と交換する行為だ。代償もなく手当たり次第に蘇生できるのなんてせいぜい猫くらいのものだ。(実際、アラ・ラテラントは猫の眷属だった)

 にもかかわらず、アリーチェの蘇生費用は払わなくていいという。


 それもこれも、わたしたち『水菓子の花便りウォータークッキー』が上級探索者に認定されたかららしい。


「上級探索者ってそんなにすごいんだ」


 わたしは迷宮都市フェゼルバーリの寂れた住宅街を二人で歩きながら、隣のアリーチェに問いかける。


「蘇生費用タダ、各地の宿泊費もタダ、それとは別に本部付近にはチームごとに共同部屋が与えられるし、まさに至れり尽くせりよ」

「よくわたしたちがなれたね、それ」

「竜血樹との戦いでそれだけ注目されてるってことよ」


 実際、動画の再生数も急上昇しており、その伸び具合は凄まじいものがある。

 未踏圏探索許可証をもらうために盈月えいげつ本部に顔を出した時は知らない探索者たちに何度も声をかけられた。

 辟易するわたしと違い、初対面相手でも和気藹々あいあいと話せるヒナヤには心底感心する。


 これから向かう先のことを考えるとなおさらに。


「……ヒナヤがついてきた方がよかったんじゃない? 明るいし、人当たりもいいし」

「いや、エイシャに会わせたいの」

「わたしに?」

「きっと話が合うと思うのよね」


 わたしもアリーチェも知り合いの輪はそこまで広くない。アリーチェがここまではっきりと会うように勧めてくるのは珍しいことだ。


「……そのキティラって人も、バーチャルシンガーが好きだとか?」

「それはわかんないけど。神話とか説話とかに詳しいのよ。エイシャ、そういう話好きでしょ」

「あー、ね」


 アリーチェの挙げたキティラという人物は、選抜試験以前のアリーチェのパーティメンバーだ。


 珊瑚の角を持つ蛙ジヌイーバのリグサキサスーバ。

 ルクナッツのシーフォ。

 そして、機械生命体アンドロイドのキティラ。

 かつてアリーチェは、この三人とパーティを組んでいた。


 選抜試験に挑むことなく解散してしまったが、それさえなければ今頃は彼らがアリーチェの隣に立っていただろう。


「ちなみに、キティラって機械生命体アンドロイドなんだよね、どんな人?」

「どんなっていうと、うーん……めちゃくちゃ可愛い」

「……ふーん」

機械生命体アンドロイドだから顔立ちが整ってるのは当たり前として、服選びがオシャレなのよね。前から見るといわゆるロリータ系のファッションで、ハイハイ、外見重視の呪術師によくある可愛いかんじねー、ってなるんだけど」

「……」

「これが後ろから見たらスゴいのよ! 背中が内部構造までむき出しになってて、あれは機械生命体アンドロイドにしかできないスタイリッシュさね。アタシたち粘態スライムがやろうとしたらコアが丸見えになっちゃうわけだし――」

「あー、その、外見じゃなくて内面についてきいたつもりなんだけど」


 どんどんヒートアップしていくファッション解説。放っておけばずっと話していそうなので、適当なところで止めると、アリーチェはしばらく考えこんだ後、ゆっくりと口を開いた。


「内面で言うと……理屈っぽいタイプね。そういう意味ではエイシャに似てると思うわ」

「似てる? わたしに?」


 予想外の答えに、わたしは目を瞬かせた。


「わたしってそんなに理屈っぽい? これでも自分では結構、感覚重視というか、感情重視で動くタイプだと思ってるんだけど……そりゃまあ、実際にどう動いて、何をするのか、そういう実践的な部分は論理や理屈にも頼るけど。でも、あくまで行動の起点は感情で――」

「いや、もうその話し方が理屈っぽいのよ」

「……」


 それを言われたら何も返せない。

 ぐうの音も出ないわたしを見て、アリーチェはくすりと笑った。


「ふふっ、とりあえず、実際に話してみたらわかるわよ」


 憮然とした表情のわたしを置き去りに、アリーチェは塗装が剥げかけているアパートへと足を向けた。一昔前の気配が漂うおんぼろアパートの鉄骨階段をカンカンとリズミカルに登っていく。

 後を続い足を乗せると、錆びた鉄骨がギシリと軋む音がした。都市の一等地からかなり外れた場所にあるとはいえ、周囲と比べても一回り古く感じる。まるで、この一画だけ過去からタイムスリップしてきたかのようだ。

 機械生命体アンドロイドの重量がどれくらいなのか知らないけれど、重さ次第では階段が崩れそうだと、いらぬ心配がよぎる。


 アリーチェは廊下の端まで行き、インターホンを押下した。

 誰も出てこない。


「……ホントにここに住んでるの?」

「そのはずなんだけど……留守、かな」


 そう言いながらも、インターホンを連打する指を止めないアリーチェ。

 痺れを切らしたのはわたしでも、アリーチェでもなく、隣の部屋の住人だった。

 隣の扉がガチャリと開き、宝珠族カーバンクルの青年が顔を覗かせた。不健康そうなボサボサの前髪の隙間から、額の宝石が青白く光っている。


「……あの、そこもう誰も住んでないですよ」





 ぬるま湯に浸していた"それ"を取り出して、汚れ拭きで磨く。金と碧に輝く指輪にシュテリアの顔が映りこんだ。

 竜血樹との戦いから、そのまま持ち帰ってしまった日音器ささらなー。


「……これ、ボクが持ってていいんですかね」


 日音器を太陽にかざしながらぼんやり眺めていると、扉が勢いよく開いた。


「シュテリアちゃん! こっ、これ見て! とんでもないことになってるよー!」


 ヒナヤが血相を変えて駆け寄ってくる。

 上気した顔の周囲には、激しい憤りや困惑の感情が漂っているのが見えた。


「どうしました」

「この動画見てよ! こんなの、ひどくない!?」


 余程、気に食わないのだろう。

 ヒナヤは木板型端末絵馬を叩きつけるようにしてシュテリアの前に置いた。


『みなさん、こんにちわー! 今日は最近、ちまたで話題になっている"あの"新人探索者の紹介をしていくぞ!』

『あのって言われてもわかんないのだ』

『竜と戦って倒した"あの"探索者だ』


 デフォルメされた二頭身のキャラクターが二人、画面を挟みこむように並び、軽妙な掛け合いで話が進んでいく。


「これって……アリーチェのことですか。ただのよくある解説動画に見えますけど」

「最初はね! でもでも、最初だけだよ!」


 ヒナヤの言うとおりだった。

 初めの方はいかに竜が強くて倒すことが難しいのか、それを新人が成し遂げたことがどれほど珍しいのか語っていたが、展開が進むにつれて動画は不穏な空気に包まれていった。


『それにしても、そんなにスゴい探索者がどうして盈月盈月の一般組にいるのだ? 選抜組にいそうなのだ』

『ふふふ、良い指摘だな。実はアリーチェはもともと選抜試験を受けるはずだったんだ。それがとある事情で参加できなくなった』


「これは――」


 過去とは、有名になればなるほど詮索されるもの。

 いきなり現れて竜血樹を倒した期待の新人の過去が気にならないはずがない。それが刺激的なものであればなおさら。

 動画は、かつてアリーチェが選抜試験に挑もうとした時、チームメンバーが誰一人現れずに不参加となったことを語っていた。


『えぇー! そんなのまるでストライキみたいなのだ!』

『話はそれだけじゃ終わらないんだ。実は元メンバーの中にはその後、死者が出ている』

『え、えぇー!?』

『ルクナッツのシーフォ・ヘルボルト。彼は竜血樹の戦いに巻きこまれて命を落としたんだ』

『竜血樹の戦い? それって……』

『そう、水菓子の花便りウォータークッキーが竜血樹と戦っていた現場にシーフォもいたんだ。過去のパーティは解散したはずなのに、不思議な話だよな。そして、アリーチェとその今の仲間は無事にもかかわらず、シーフォは死んでしまった』

『な、なんだか、怖いものを感じるのだけど……』


「――これはたしかに、酷い動画ですね」

「だよねだよね!」


 少なくとも真剣に視聴するべき動画ではない。

 シュテリアは、アリーチェがこの場にいなくて良かったと心の底から思った。

 アリーチェとエイシャの二人が帰ってきた時、この動画の存在を伝えるべきかどうか。


「……はぁ。悩みどころですね」


 ため息と共に逸らした視線は次の瞬間、再び動画に吸いこまれることとなった。


『怖がっているところ悪いけど、なんと死亡者は彼だけじゃないんだ。機械生命体アンドロイドのキティラ。彼女も死亡が確認されている』

『えぇー!』


「……え」


『それって竜血樹との戦いにいたってことなの?』

『そういうわけじゃない。ただ先日、自宅で自殺した機体が発見されたんだ』


 今まさにアリーチェとエイシャが会いに行っている人物と同じ名前が画面の向こうから聞こえてきた。

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