第33話 回遊する花園

 シュテリア・ポストロスは命を落とす。

 ヒナヤの知り合いの絲蟲ミュルドンに頼るといい。


 それが縁切神ピグナータの告げた内容だった。

 はたしてどこまで鵜呑みにしていいものか。眉をひそめながらも御告げに従い、シュテリアは無事生き返ったが、これでよかったのか、数日経った今も答えは出ないままだ。


 結果だけ見るなら、全て上手くいっている。

 わたしたち『水菓子の花便りウォータークッキー』は迷宮の主の討伐実績を手に入れ、アリーチェは回復し、シュテリアも無事に生き返った。何も問題はない。

 そのはずだ。

 そのはずなのに。

 わたしはどうしても疑わずにはいられなかった。


 神の名を冠する存在がわたしたちに肩入れする理由がわからない。

 そもそも、準備抜きで迷宮の主と戦ったことからして縁切神の仕業だ。それさえなければ初めからシュテリアが命を落とすこともなかった。


 縁切神はわたしに何をさせたいのだろう。


 そんなことを考えながら、車に揺られていた。

 人が複数乗り込めるほど巨大な車の形状をした植物、花車はなぐるま。話に聞いたことはあったけれど、実際に乗車するのは初めてだ。乗り心地は想像以上に良い。さすが竜に遣わされただけはある。

 送迎に花車はなぐるまが来た時は「転移陣がないなんて、竜が住んでいるわりに不便な場所ね」とボヤいていたアリーチェも、今では天然のクッションに体を預け、タブレット端末片手にすっかりくつろいでいる。


「ねえねえエイシャ、これ見てこれ。アタシたち話題になってるわよ。すごくない?」


 アリーチェはわたしの目の前に端末を差し出した。

 画面には先日のガーデナー戦の配信動画が映っている。視聴数やコメントが今までとは比べものにならないほど多い。

 以前より多くの人が注目してくれているのだろう。実に喜ばしいことだ。


「うん、すごいんじゃない」

「反応うっすい!」

「えぇ……そう言われても具体的にどうすごいのかよくわかんないし」

「あのね、ガーデナーが自爆するなんて今まで知られてなかったの。アタシたちはそれを初めて発見したことになるのよ」

「初めて?」

「そう、初めて」


 得意満面、アリーチェが胸を張る。


「……ウソだぁ」

「本当よ!」

「いやぁ、初めての発見って、それはさすがになくない?」


 確かにアリーチェは強い。迷宮の主を圧倒してしまうほどには強い。

 だけども、彼女と同じことが他の探索者たちにできないのかというと、さすがにそんなことは無いだろう。上には上がいるものだ。


「でも、本当にアタシたちが初めてなのよ! 『迷宮の主を行動させずに倒してみた!』とか『ガーデナーの擬似吐息ブレスを完封する方法!』みたいな攻略動画はあるけど。自爆に関してはもう完ッ全に世界初! 一番乗りなの! すごいの!」

「そういうもん?」

「そういうものなの。……ねっ! そうよね、シュテリア」


 一人では埒が開かないと見たか、アリーチェは同意を求めてシュテリアに声をかけた。


「……? 何か言いました?」


 アリーチェの渾身のフリはイヤホンにさえぎられ完全には届かなかったようだ。

 シュテリアがイヤホンを外しながら振り向いた。


「アタシたちの快挙をエイシャが疑ってるのよ。シュテリアからもその凄さを教えてあげて」

「凄さ、ですか……注目を受けているのはボクたちというより、アリーチェだけのような気がしますけどね」

「えぇ、そんな悲しいこと言わないでよ」


 わたしに負けず劣らずシュテリアの反応も薄い。まあ、納得ではある。

 ガーデナー戦がどう進んでいたのか知るため、わたしも一度だけあの実況配信を見直してみた。シュテリアもヒナヤも頑張っていたけれど、アリーチェの猛攻とガーデナーの自爆の印象が強すぎる。


 実際、コメントもほとんどはアリーチェの活躍について。これでは注目されているのがアリーチェだけと感じても無理ないだろう。わたしに至っては、迷宮の主と戦うことになった元凶なので、賞賛どころか非難轟々だ。


 左手と縁切神の件はすでに三人に話したし、謝罪もしている。アリーチェたちはともかく外野から責められる筋合いはない、と気にしていなかったが、改めてコメントを見せられると……こう、さすがに嫌になってくる。

 というか、アリーチェもどうしてわざわざわたしに見せてくるんだ。嫌がらせ?


「えい」


 タブレット端末を勝手にスワイプ。

 配信動画は瞬く間に画面から消えていった。

 アリーチェから「ああっ!」と抗議の声が上がるが、当然、却下だ却下。


 シュテリアはそんなわたしたちのやり取りから目を逸らすと、前方に座る絲蟲ミュルドンに声をかけた。


「そういえば、アラ・ラテラントさん。ボクたち護衛という触れ込みでここにいますけど、本当にこれでよかったんですか」

「うん? どういうことだ?」

「いえ、護衛が必要になる状況が一向に見えないので」


 たしかに。護衛と聞いた時は、過酷な道程を想像していたが、実際は迎えの車に揺られて優雅な旅そのもの。これでは護衛するどころか、演奏会に招いてもらっただけだ。

 蘇生の借りがあるシュテリアからすると、何も返せないまま恩ばかり積み重なっていくようできまりが悪いのだろう。


 アラ・ラテラントは運転手の様子をちらりとうかがうと、小声で話し始めた。


竜牙兵スパルトイのいる手前あまり大きな声では言えないが……ミューブラン砂漠を支配する竜ハタラドゥールの城に向かっているんだ。どれだけ念を入れても入れすぎということはないよ」

「……演奏会でもですか?」

「演奏会でもだ。ハタラドゥールの不興を買って処刑された吟遊詩人の話もある」


 なんとも不安になる話だ。

 特にヒナヤの音痴っぷりを知っている身としては尚更。下手でも魅力ある声がヒナヤの売りとはいえ、竜のお気に召すかはわからない。


 車内を見渡すと、当のヒナヤはアラ・ラテラントの隣でぐっすり眠っていた。だらしなく開いた口からよだれが座席に垂れている。

 緊張と無縁な姿を頼もしく思うべきかどうか。そんなことを考えながら、アラ・ラテラントの話に耳を澄ます。


「他にもハタラドゥールの逸話は多い。例えば……シーザオの巨大な紅薔薇。住民は聖花と呼んで崇めているが、かつて聖花は他にも三つあったことは知っているかい?」

「いえ、初耳です」「アタシも」


 シュテリアとアリーチェが揃って首を横に振った。

 ちなみにわたしは伝承や逸話の類はシーザオに来てから色々と調べたので、当然これも知っている。


 かつて竜がおらず、ミューブラン砂漠がまだミューブラン大森林だった頃、森には巨大な薔薇が四つ咲き誇り、聖花と呼ばれ崇められていた。

 黒、白、青、紅。

 聖花の周りには人が集まり、四つの集落が生まれた。しかし、そのうち今も残るのは紅い薔薇を崇めていたシーザオだけだ。


 原因は竜。

 ある日、森に現れた竜が辺り一帯の水を吸い上げ、草花は瞬く間に枯れていった。

 紅薔薇の民、シーザオの住人は竜に服従を誓い生きながらえたが、他の集落はその選択を取らなかった。


 黒薔薇の民は、竜に戦を仕掛けるも吐息ブレスひとつで壊滅。黒薔薇は植物淵しょくぶつえんと化し、誰も近づけない死の領域が生まれた。未踏圏の一つである。


 青薔薇の民は、大規模な転移呪術を行使。街まるごと異世界転移を試みた。それが成功したのかは伝わっていない。かつて聖花が咲いていた地には今も巨大な大穴が開いている。


 白薔薇の民は、聖花を見捨て逃げ出した。白薔薇は防衛機構を残したままゆっくりと朽ち、今では『砂漠の薔薇城デザート・ローズキャッスル』と名を変え、探索の舞台となっている。


「へぇ、『砂漠の薔薇城デザート・ローズキャッスル』にはそんな由来があったんですね」


 アラ・ラテラントの語る聖花の話は、わたしには知っているものばかりだったが、シュテリアとアリーチェの耳には新鮮に聞こえたらしい。

 ぼんやり外を眺めていると、向かう先に花園が見えてきた。変わり映えしない砂漠の景色にようやく色がついた。


「みんな、そろそろ目的地に着きそ……ん?」


 そこまで口にしたところで違和感に気づく。

 目的地は竜の居城。居城などと呼ばれるからには、城に相当する建造物か何かがあるはずだ。

 しかし、わたしたちの行く先には色とりどりの花や巨大な樹々はあれど、城らしきものは全く見えない。


 竜の居城はここではない?

 でも、だとしたらあれはいったい何だ。

 ミューブラン砂漠に残された緑は、竜の居城とシーザオだけではなかったのか。


 わたしの疑問を解消したのは、運転手の竜牙兵スパルトイだった。


「あぁ、お客さん。あいつぁ違いますよ。ダールヤールです」


 その言い方はまるで場所や物ではなく生き物について話しているように聞こえた。

 ダールヤール。

 聞き慣れない単語を脳裏で反芻する。


「ダールヤールは厄介なヤツでしてね。あの花園全体で一つの獣なんですよ。自分の体を花園やオアシスに見せかけることで、動物や人を誘い込んで喰っちまうんです」

「へぇ」


 なるほど。擬似餌のようなだと。

 たしかに砂漠のど真ん中で緑豊かな景色を見つけたら、ついつい休憩したくもなるだろう。


「お客さんたち、あいつはあまり見ない方がいいですよ。ダールヤールの花言葉は『幻惑』。じっと見つめていると、連れて行かれますんで」

「猫の魅了チャームみたいなものですか?」

「いやぁ、さすがにそこまで規格外ではないでしょうけど、まぁ、ヤバさは似たようなもんです」


 運転手は花車はなぐるまの進行方向を巧みに変えながら、ため息と文句を垂れた。


「しっかし、何だってダールヤールがこんな近くに……いやぁ、あいつらも竜様の御力がわかるのか、城周りには滅多に近づいてこないんですがね」


 わたしたちの花車はなぐるまは、幻惑の花園には見向きもせず砂漠を走り抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る