第21話 砂漠の薔薇城

 アリーチェを見失ったわたしたちは、犬に変形したウーズ型端末を頼りにシーザオの街中を探し歩いていた。

 ようやく見つけたアリーチェは、家樹の間にある閑散とした路地に倒れていた。


「アリーチェ! 大丈夫!?」


 慌てて駆け寄り肩を揺さぶるが返事はない。安らかな寝息が聞こえる。

 わたしの後ろからヒナヤとシュテリアが心配そうに覗きこんだ。


「……何があったのかな」

「誰か追いかけていたみたいですし、その人に返り討ちに遭ったんじゃないですか」

「えぇ! あ、アリーチェちゃんが!?」


 シュテリアの推測を聞き、ぽかんと口を開くヒナヤ。


「とりあえず、まずは起こさないと」


 一般試験の鹿鳥ペリュトンとの戦いでは睡眠の厄介さを思い知った。同じ轍を踏まないよう、端末には最強目覚まし呪術アプリ 『ノッカー・アップ』をインストールしてある。

 わたしは犬の形をしたウーズ型端末を呼び寄せた。起句を唱えると、端末は犬の姿から小人の姿へと変形し、アリーチェの耳元で大きく息を吸い込んだ。


「――ッ!!!!!!!!!!!!」


 爆竹を鳴らしたかのような凄まじい爆音が轟く。音に込められた呪力は、眠る粘態スライムの精神をも揺らした。


「うわぁぁああ!?」


 アリーチェが飛び起きた。


「ななななになになに!?」

「アリーチェ、おはよ」

「うう、なによこれ、頭キンキンする」

「や、意識失ってたからさ。目覚まし呪術アプリ で無理やり起こしたんだけど……これ、さすがにうるさすぎるね」


 そのぶん効果は高いのかもしれないが、あまりに音が激しすぎてコアに悪い。容量もかなり大きかったので、他を検討した方がいいかもしれない。


「で、どうしてこんなとこで倒れてたの。いきなり走り出すし、何が起きてるのかわたしたち何にもわかってないんだけど」

「ごめん、ちょっと知り合いを見つけたからつい」

「会えた?」

「一応はね。……ただ、あっちはアタシに会いたくなかったみたい」


 こめかみを抑えながら立ち上がるアリーチェ。その体から、財布がパサリと落ちかけた。


「おっとと」


 アリーチェは慌てて財布をつかみ、眉をひそめた。財布の中を見てゆっくり目を閉じる。


「アリーチェ?」

「……盗られたわ」


 アリーチェは赤紫の顔をひきつらせながら、空の財布を逆さまに振ったのだった。





 アリーチェの話を聞いたところ、知り合いとはかつてのパーティメンバーであり、名前はシーフォだという。種族はルクナッツ。このシーザオでは珍しくない種族だ。

 アリーチェが意識を失ったのは、シーフォと話している最中のことらしい。


「つまり、完全に黒じゃん」

「いや、たしかに意識を失った原因はシーフォかもしれないけど、お金を盗ったのまでシーフォとは限らないでしょ。通りすがりの誰かの仕業ってこともありえるわ」

「……あー、ね。ありえなくはないけど」


 選抜試験の裏切りにくわえ、この仕打ち。もはやとおすべき義理は一滴たりとも残っていると思えないが、それでもアリーチェはシーフォをかばっているようだった。


「じゃあ、盗られたお金は泣き寝入りするってこと?」

「え、なんでそうなるのよ」

「シーフォって人を初めから除外するなら犯人の手がかりはゼロ。それじゃあ警察だってお手上げでしょうよ」

「うぐっ、い、いや、でも、警察がお手上げかどうかは実際に聞いてみないとわからないわよ」


 わたしの指摘に言葉につまるアリーチェ。そこにシュテリアが追い討ちをかけるように口を開いた。


「というか、そもそもシーザオに警察はいないですしね」

「えぇ!? ウソでしょ! 犯罪が起きた時、どうしてるのよ!」

「そういったことは全部、ここでは竜牙兵スパルトイの役割なので。そもそも、何が犯罪かを決める法律ですらも、竜のさじ加減ですし」

「えーっと……え、エイシャ」


 アリーチェの視線が解説を求めている。


竜牙兵スパルトイというのは、竜の手足、私兵。竜の命令に従う眷属種。猫における人間みたいなもの。まあ、人間はとっくに滅んでるから比較できないけど。……シナバルに両替した時、銀行で会った人たちがそうだね」

「あの全身にツタが絡まったトカゲの骸骨?」

「そうそう、あれが竜牙兵スパルトイ


 シーザオの治安維持やインフラはすべて竜牙兵スパルトイが取り仕切っており、ここでは竜の意思はすべてに優先される。

 例えば、通貨が赤い石シナバルしか使えないのも、竜がそう決めたからだ。


「へえ」とうなずくアリーチェに、シュテリアが解説を加える。


「ここの竜は音楽を好むので、音楽活動を妨げる者は厳しく取り締まられますが、それ以外はかなりおざなりです。それはもう相当に。シーザオの住民でさえそんな扱いですから、ボクたちではまともに相手すらしてもらえないですよ。……アリーチェが音楽家なら話は別かもしれませんが」

「音ゲーに自信があるとかじゃダメ?」

「論外です」


 にべもない言葉に、アリーチェは軽くうなだれる。


「……とんでもない国ね」

「ちなみにシーザオで暮らす人は、自己防衛のため日ごろから音楽にいそしんでいるみたいですよ」

「音楽って楽しむものよね。それって何か違わない?」

「そうしておかないと、いざ厄介事に巻き込まれた時に一方的に裁かれるのだとか」

「えぇ……」


 想像以上に世知辛い音楽の森の情勢をシュテリアから聞いたところで、わたしは改めて尋ねた。


「それでアリーチェ、どうする?」

「どうするって」

「シーフォって人を追いかけるかどうか、どうする?」

「……追いかけようにも、もう遅いわよ」


 その発言はわたしたちに向けてというより、自分自身に言い聞かせるようだった。

 重苦しい雰囲気が漂いかける中、それまで静かだったヒナヤが手を挙げて割りこんできた。


「はいはい! それならね、犯人も逃げていった方向も全部わかるよ!」

「全部わかるって、どうしてそんなこと」と疑わしげにアリーチェがつぶやく。

「ここにいるナナカマドの精霊さんが全部見てたんだって」


 ヒナヤが示す先ではナナカマドの樹がわたしたちを見下ろしていた。


「アリーチェちゃんがルクナッツと話して気を失った後、エントが財布からお金を盗んだみたい」

「エント? シーフォの種族はルクナッツよ。コソ泥は別にいるってこと?」

「あ、でも、エントとルクナッツは知り合いみたいだって。二人で話してたし、シナバルも分け合ってたし、一緒の方向にも逃げていったらしいよ」

「……」


 決定的な目撃証言を前にアリーチェは黙って口を閉じたのだった。




 ヒナヤに先導されながら、シーザオの街をいく。精霊たちと交信する姿は、わたしの目には虚空に話しかけているようにしか見えない。ぼんやりヒナヤの姿を眺めていると、アリーチェがわたしの背中をつっついた。


「ねえエイシャ、あれはどうなのよ。端末を犬にして探すやつ。あれ使えばわざわざヒナヤが聞き回らなくても、シーフォにたどり着けるんじゃないの」

「『犬のおまわりさん』のこと? あれは登録してあるものじゃないと探せないから、誰でも見つけられるわけじゃないよ」


 一方、ヒナヤの精霊と会話できる技能はずいぶん応用が効きそうだ。精霊がどれくらい存在しているのかわからないが、場合によっては街中の監視カメラに自由にアクセスできるようなものだろう。

 そんなことを考えていると、聞き取りを終えたヒナヤがこちらへと戻ってきた。


「えーっと、シーフォがどっちに行ったかなんだけどね。街の外に出たみたい」


 音楽の森シーザオはミューブラン砂漠の中にある唯一の街だ。ここから一歩でも外に出れば、そこには砂漠が広がっている。


「そこまで本気で逃げられたらさすがに追えないわね」

「うーん、どうしよう」と困り顔のヒナヤ。

「いいわよ。もう追わなくて」

「で、でも」

「もとはといえばアタシの無警戒さが原因だもの。良い勉強になったって思うことにするわ」

「……」

「それに仮にも知り合いを泥棒扱いして追いかけ回すなんて……正直、気乗りしないのよね」


 被害者のアリーチェがそういうのなら、これ以上わたしたちには何も言えない。


「そういうことで、ハイ、この件はおしまいね! それより盗られたぶん稼ぐためにも迷宮に行かない? やっぱり迷宮に挑んでこその探索者でしょ」





 探索者が日銭を稼ぐ手段は当然、迷宮の探索だ。

 金に余裕がないほど、探索にも力が入ろうというもの。財布の中身を丸ごと失ったアリーチェは意気込みが違う。

 砂漠の中で高らかな声を響かせていた。


「よっし、何が何でも稼ぐわよ!」


 砂漠というと砂に覆われた土地の印象が強いが、ミューブラン砂漠は砂利を敷き詰めたような景観をしていた。

 砂丘をラクダが歩く景色を思い描いていたこともあり、正直なところ期待外れの感は否めない。

 そのくせ、照りつける太陽だけは想像を超える勢いで、日差しを和らげる呪文や保湿の呪文を唱えていてもなお暑いのだから、たまったものではない。迷宮にたどり着く前から、帰りたい気持ちがこみ上げてくる。


 しかし、それはわたしだけのようで、周りの三人はやる気に満ちていた。

 一人のネガティブな発言で全体のやる気をそぐわけにもいかない。砂漠に落ちる影を見つめながら無言でのそのそ歩いていると、ヒナヤが威勢のいい声をあげた。


「わぁ! みんな、迷宮が見えたよ!」


 声に顔をあげる。

 ヒナヤの指差す先には、巨大なバラの花が咲いていた。


「あれが……『砂漠の薔薇城デザート・ローズキャッスル』」


 土色に染まっているが、形状は間違いなくバラの城だ。この迷宮を表す名前に薔薇城よりふさわしいものはないだろう。

 殺風景な砂漠にたたずむセピア色のバラは、見捨てられた廃墟のような物悲しさを放っていた。


「そういえば、どうしてミューブラン砂漠が大森林のど真ん中に存在するのか、エイシャは知っていますか?」


 シュテリアが突然語り出した。


「え、急にどうしたの」

「いいから、ボクの質問に答えてください」

「……雨が降らないからとか?」

「残念、不正解です」


 シュテリアは口もとで人差し指を斜めに重ね合わせた。


「実はこれも竜の仕業なんですよ。ミューブラン砂漠の中心に住まう竜が、この一帯の水をすべて吸い上げてしまうせいで他の植物は成長できずに枯れてしまうんです」

「へぇ……あー、だからミューブラン砂漠は円状なのか。その竜を中心にぐるりと円を描くように砂漠地帯ができている、と」

「そういうことです」


 聞けば聞くほどミューブラン砂漠を支配する竜がろくでもない存在に思えてくる。


「でも、それならシーザオはどうしてあんなに緑豊かなの?」

「竜に完全に従属するかわりに、見逃してもらっているらしいですよ」


 通貨のシナバルは竜が発行し、自治組織は竜の命令に絶対服従の竜牙兵スパルトイが務め、生活に欠かせない水はすべて竜の管理の元。まさに竜の治める国。ここまでくると、シーザオは竜の所有物といっても過言ではないだろう。

 故郷ヴェトーリアは竜との関わりがなかったので、こういった話は新鮮でおもしろい。


「やっぱり、エイシャは迷宮や探索がどうとかよりも、こういう話の方が好きみたいですね」

「あー、ね。たしかにそうかも」


 もしかすると、探索前からへばりかけていたわたしに気をつかってくれたのだろうか。


「……ありがとね」

「いえいえ」


 軽く空を仰ぐ。

 雲ひとつない快晴。


 どんなことも、楽しもうとしなければ、決して楽しくなることはない。それはきっと迷宮探索にだっていえる。

 それなら、もっとわたしから歩み寄り全力で楽しむべきだ。

 みんなが楽しんでいるものをわたしも楽しみたい、その気持ちに嘘はないのだから。


「よし、行こう」


 わたしは『砂漠の薔薇城』へと足を踏み出した。

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