第13話 アリスイたちの食事
「どうしてエイシャちゃんがここにいるの?」
声をかけられたわたしは、最後の本を本棚に戻しながら振り向く。
そこには試験会場で出会った時と同じ姿のヒナヤがいた。
わたしが本を手に取るたびに夢の中のヒナヤは成長していた。多くの記憶を追体験した今、ついに現実の時間軸に追いついたのだろう。
「
「……言われてみると、そんなことがあったような」
窓の外では相変わらず焦茶色の小鳥たちが群れをなして、わたしたちを見つめている。
『厄病神』『くたばれ』『落ちこぼれ』『消えてしまえ』『ゴミ』『死ね』『目ざわり』『役立たず』
きっと、この声はヒナヤが浴びせられてきた陰口だ。
ヒナヤの記憶を追体験したからだろうか。小鳥の群れが前よりもおぞましく思えた。
「なんだか思い出してきたかも。エイシャちゃん、ここは夢なんだよね?」
「そうだよ。だから、ここではヒナヤが望めばなんでもできる」
「……なんでも」
ヒナヤは握りしめていた音楽プレーヤーをテーブルに置き、窓際へと駆け寄っていった。じっと前を見据えたまま力強く窓を開け放つ。
そして、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「ヒナヤは、疫病神なんかじゃなーーーーっい!」
陰口をかき消すほど大きな叫び声が夢の世界に響く。
その声に合わせ、空から巨大なぬいぐるみがいくつも降ってきた。
「いっけー! ふっとばせー!」
ウサギやクマ、ペンギン。ぬいぐるみたちはみるみるうちに膨らんでいき、やがて山よりも大きくなった。
さながらヒーローごっこのように小鳥たちを蹂躙していく。
叩き潰し、投げ飛ばし、はたまたビームを出してなぎ払う。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、小鳥の群れを蹴散らしていった。
「まだまだー!」
今度は空からお菓子が降り注いだ。
小鳥たちは大量の飴に打ち据えられたり、巨大なホールケーキに押し潰されていく。
その光景はまさに夢の世界と呼ぶにふさわしい奇抜さとメルヘンさだった。
どんな悪夢も、夢の主の前では敵わない――そのはずなのに。
「な、なんで、どうして消えてくれないの!?」
どれだけ退治しても、小鳥の群れは一向に数が減らない。
小鳥たちは長い舌を伸ばし、お菓子をたいらげる。ぬいぐるみにも次第にキズがついていった。
つぶしてもつぶしてもどこからか湧き出る羽虫のように、小鳥の群れはヒナヤへ嘲笑を向け続ける。
ヒナヤが指をかざせば流れ星が降り注ぎ、手を仰げば海が飲みこむ。指を鳴らせば雷が轟き、歌を歌えば火山が噴火する。世界はヒナヤの求めに応じて姿を変えるが、それでも小鳥の群れは消えない。
消えたと思えばまたすぐに現れ、夢の世界をじわじわと確実に埋めつくしていった。
「……なんで」
動揺を隠せず、茫然とするヒナヤ。
その横でわたしはあの小鳥たちの正体を考えていた。
長い舌をもつ特徴といい、おそらくあの焦茶色の小鳥たちはアリスイだろう。
アリスイはキツツキの一種であり、凶兆の象徴とされる。
ジンクス。縁起の悪い
途方もない時間積み重ねられてきたヒナヤへのネガティブな印象が、アリスイの群れという形で顕現したのだろう。
噂や認識が現実に影響を及ぼすことは現代では日常茶飯事だ。
ばい菌扱いされた子供がパンデミックを引き起こしたり、無視されつづけた子供が透明になってしまったり、規模や程度に差はあれど、そんな話はいたる所にあふれている。
ヒナヤのジンクス。それは百年の時間が生んだ情報生命体だ。『
初めは些細で取るに足らない不幸だったかもしれない。
だけど、ヒナヤのパーティメンバーが不合格になるたびに、ジンクスは説得力を増していった。より大きく育ったジンクスはさらに大きな不幸を呼ぶ。神がより多くの信仰を求めて奇跡を起こすように、アリスイたちはヒナヤにより多くの不幸をもたらした。
決定的だったのは、おそらく最初の誤射だ。
それまではジンクスといっても一部の受験者たちの間で囁かれるだけのよくある噂話に過ぎなかっただろう。いつ消えてもおかしくない儚い存在だったはずだ。
しかし、あの日ヒナヤ自身が認めてしまった。噂の本人という強固な視座がジンクスを観測し、アリスイの雛は群れにまで育った。
「ねえ、エイシャちゃん、どうしよう。ヒナヤはどうすればいいの? やっぱり、ヒナヤじゃダメなの? 夢の中でさえヒナヤは」
「落ちついて、まずは――」
「え、エイシャちゃん!?」
わたしの視界が突然、何かに塞がれた。
同時に身体が激しく揺さぶられ、一瞬、空に放り出されたかのような浮遊感に包まれる。
気づけばわたしは家の中ではなく、小鳥の群れの中にいた。
焦茶色の羽根が激しい羽ばたきに視界を阻まれ、周りが良く見えない。
かろうじて隙間からヒナヤのいるツリーハウスが遠くに見えた。
壁が一部崩れ、ヒナヤが何か叫んでいる。だけど、小鳥たちの羽ばたきと声にかき消され何も聞こえない。
どうやらわたしはアリスイの群れにさらわれたらしい。
――あぁ、しくじった。
小鳥に体中をついばまれながら苦笑いを浮かべる。
ここはヒナヤの夢だ。何でもできるように見えて、わたしにできることは限られている。
どれだけ大きな弓を作っても。どれだけ鋭い矢を渡しても。弓を引くことができるのはヒナヤだけだ。わたしではない。
必死で口を動かすが案の定、声は出ない。
喉を構成する体組織がアリスイについばまれたのだろう。
喉だけじゃない。手も足も目も頭も、体中のいたるところが食べられていた。夢の中とわかっていても、その感触は気持ち悪い。
――ヒナヤには悪いことしちゃったな。
やがて、アリスイたちは長い舌を器用に動かしながら、一片たりとも残すことなくわたしを綺麗に平らげた。
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