第10話 もともと探索者ってそういうものでしょ
見知らぬ三人のエルフがヒナヤと共にいる。
ヒナヤの姿も幼い子どもではなく、試験で出会った時に似ている。ただ、身につけた装備はどれも新品のように真新しい。
「うあー! 受かってますかな、受かってますかな! 小生、昨日は緊張で一睡もできませんでしたぞ!」
「だいじょうぶだよ。あんなにがんばったんだもん、ぜーったいみんな受かってるよ」
騒ぎたてているのはヒナヤと同じくらい背の低いエルフの男だ。
ヒナヤが声をかけても不安は収まらないようで、くせっ毛の金髪をわしゃわしゃとかきむしっている。
「しかしヒナヤ殿、不安とは夜闇のごとくじわりじわりと這い寄ってくるもの。小生とて貴君らのように泰然と構えたい気持ちはありますが、こればかりは如何ともしがたく……」
「ったく、年長者が一番ビビってんじゃねえよ」
パーティで最も背の高い男が呆れを隠すことなくぼやくと、くせっ毛の男は「面目ない」と声を潜めた。
「……おわった? なら行こ」
四人の中でただ一人、銀色の髪をなびかせる女が、痺れを切らしたようにつぶやく。
その言葉を皮切りにヒナヤたちは歩き出した。
四人が向かった先は、とある掲示板の前だった。大量の数字がずらりと並び、隣には「一般試験合格者発表」の看板が立っている。
その前でヒナヤは112と書かれた紙をにぎりしめながら、数字の羅列を凝視していた。
「おお! ありました! ありましたぞ! 小生の番号がありましたぞ!」
「わたしも」
「お二人はどうでしたか?」
「俺はどうやら……あ、いや、あったわ」
三人のエルフたちが次々と喜びの声をあげる。
一方、ヒナヤの口からはどれだけ経っても声があがらない。
しばらくして、くっせ毛の男がおそるおそる口を開いた。
「あ、あの、ヒナヤ殿?」
「……あはは、ヒナヤはダメだったみたい。うーん、ぜったいいけたと思ったんだけどなあ」
ヒナヤは笑った。
「……ヒナヤ殿」
「その、なんだ。この一回しかチャンスがないってわけでもないんだ。落ちたなら次だ。次で受かればいいさ。あんまり気にすんな」
「うん……うん、そうだよね。よーし、次こそはぜったいに合格してみせるぞ!」
自分を奮い立たせるかのように、ぐいとこぶしを掲げる。
そんなヒナヤの姿を憮然とした表情で見つめていた銀髪の女が、どこか投げやりな声でつぶやいた。
「……ねえ、これからどうする?」
「ふむ、どうすると言いますと?」
「……ヒナヤ抜きで探索するなんて、わたしは気が乗らない」
銀髪の女の身も蓋もない言葉に、場が静まり返った。
しかし、二人の男も内心、同じことを思っていたのか、しばらくすると追従するようにうなずいていた。
「それは、小生も……」
「まぁ、正直それは思った」
「えぇ! まってまって! みんな、なに言ってるの!?」
割り込むようにして声をあげたのはヒナヤだった。
「だって、せっかくみんな合格したんだよ! おめでたいじゃん! もっと喜ぼうよ!」
「そうは言ってもよ、俺たちを集めたのはお前だろ。その肝心のお前がいないってのは、なあ」
「そんなの気にしなくていいよ! ヒナヤ、ぜったいみんなに追いつくから!」
「でもよ」
「むしろ、みんなが先にたっくさん探索して、ヒナヤが追いついた時に今の何百倍も強くなってた方が、ヒナヤは嬉しいよ!」
エルフの少女の必死な声が響く。
「ヒナヤ、すっごいがんばるから! もう、ぜったいぜったいぜーーったい追いついて見せるから! だから、ね? 信じて! おねがい!」
ヒナヤは目をぎゅっとつむると、顔の前で手のひらを何度もこすり合わせた。
男二人が困り顔を見合わせる中、銀髪の女がおもむろに口を開く。
「……そのぜったいって、本当に絶対?」
「うん!」
「……わかった。なら、わたしはいいよ。強くなって、待ってるから」
「っ!! シロン、ありがとーっ!」
ヒナヤは勢いよく銀髪の女に抱き着いた。
それを見ていた他の二人はため息をついた。少し笑顔を浮かべながら。
◆
「今のは……ヒナヤの過去?」
表紙をめくったはずなのに、気づけば裏表紙を閉じていた。
本を読んだ記憶どころか、文章を目にした記憶すらない。
あるのは、ヒナヤと三人のエルフの会話をドラマの一幕のように眺めていた記憶だ。おそらく、この本にはヒナヤの過去の記憶が封じられており、わたしはそれを追体験したといったところだろう。
考えてみればここは夢の中だ。本を開いたからといっても、読むことになるとは限らない。
本棚に本を戻しながら振り向いたわたしは、ヒナヤの姿を見て驚いた。
「え、あれ。ひ、ヒナヤ?」
記憶が正しければ、ここにいるヒナヤは幼い女の子の姿をしていたはずだ。
だが、視界に入ったのはそれよりも成長した姿のヒナヤだった。まるでわたしが本を読むのに合わせて成長したかのように。
だとすれば、他にも本を読むことで今現在のヒナヤの姿まで成長するかもしれない。
わたしは再び本棚へと目を戻し、他の本へと手を伸ばした。
◆
エイシャがヒナヤの夢に侵入してから少し時間が経った頃、『幻影の森』で待機するアタシたち四人は居心地の悪い空気の中にいた。
アタシは心の中でため息をつく。
会話がない。
初対面のニサやシュテリアにはどんな話題を切り出せばいいかわからないし、かといってリグサキサスーバにこちらから話しかける気にはならない。
よく考えてみれば、そもそもこうしてリグサキサスーバと一緒にいる意味がわからない。選抜試験には来なかったくせに、一般試験を受けている。その時点で意味がわからないのに、わざわざアタシたちを助けたのもわけがわからない。
リグサキサスーバの行動すべてが理解できない。
もしかして、本当に仲間とはぐれたのだろうか。なんなら、置き去りにされたのかもしれない。
だとしたら、いい気味だ。
迷宮の主に救われたことには感謝しているが、それとこれとは話が別。選抜試験の仕打ちは忘れようにも忘れられない。
人を裏切るような奴は裏切られる。このカエルは因果応報を身をもって学ぶべきだ。
「アリーチェ・トスカーニ」
「なによ」
沈黙を破ったのはリグサキサスーバだった。
アタシのぶっきらぼうな対応を意に介することもなく会話をつづける。
「貴様の目に、このエルフはどう映る」
「どうって、明るい女の子って感じだけど」
たしかに弓の腕はひどいし、モンスターとの遭遇もやたらと多かったが、失敗してもめげない姿勢は個人的に嫌いではない。
ただ、それはあくまでアタシが無傷だから言える話であり、もし誤射で致命傷を負っていたら、同じ気持ちでいられるかは……正直、わからない。
「仮にこのエルフが目覚めたとして、試験に合格すると思うか?」
「さあ、知らないわよ。少なくとも可能性はゼロじゃないでしょ」
「そうか。貴様も低いとは思っているようだな」
「……」
言い返せないアタシに、リグサキサスーバは言葉を重ねていく。
「このエルフは少なくとも五十年間『
「五十年? ウソよね?」
「本当だ。さらに言えば、少なくとも五十年だ。実際はもっと長いだろう」
思わずヒナヤの顔をのぞきこんだ。
しかし、眠り姫のように目を閉じる顔はどう見ても年寄りのそれとはほど遠い。
エルフという長命種族の時間スケールに改めてうなりそうになった。
「五十年かけてこれだ。どう考えても向いてない。探索者としての才が絶望的なまでに欠けている。……それでも、このエルフを起こすべきだと思うか?」
「もちろん。起こすべきだわ」
間髪入れずにそう返した。
きっと、リグサキサスーバは知らないから言えるのだろう。
選抜試験の時、仲間だと思っていた人が誰一人として会場にこなかったアタシの気持ちを。
裏切られる側の気持ちを。
レッテルを貼られる気持ちを。
自分で自分に見切りをつけてしまう者の気持ちを。
「ねえ、リグサキサスーバ――」
――あの時、あなたは、どうして会場に来なかったの?
怒りと罵倒を優先したのは、この言葉を口にするのが怖かったからだ。
何度も聞こうとしながら、そのたびに飲みこんできた決定的な問い。それをようやく口に出そうとした、その時だった。
「ピイイィィィ!」
甲高いいななきと共に、翼の生えた牡鹿が空に現れた。
「ペリュトン!?」
迷宮の主が自らの姿を誇示するように羽ばたいている。生い茂る樹々のおかげでまだ見つかってはいないようだが、それも時間の問題に思えた。
「そんなっ、完全に撒いたはずよ!」
「それもこのエルフの引き寄せる不幸のひとつかもしれんな」
「そんなわけないでしょ!」
ぴしゃりと強くはねつけながらも、アタシは心のどこかで納得する自分を感じていた。
たしかにリグサキサスーバの言うとおりだ。ヒナヤといるとアクシデントがとにかく多い。今回のこれだって。
「あの、ああアリーチェさん! この二人どどうしましょう! 動かしてだだだいじょうぶなんですか!」
エイシャとヒナヤの側にいたニサが、どもりながらアタシを見つめていた。
「えっと……」
返事に困っていると、代わりにリグサキサスーバが口を開いた。
「問題はない。ただ、気付け薬でも起きないエルフはともかく、
「おお起きたらダメなんですか?」
「命に問題はないが、術を途中で強制停止するようなものだ。彼女の腕しだいだが、エルフを起こす作業が初めからやり直しになることは充分ありえる」
「や、やり直し」
ヒナヤを抱えようとしていたニサの手がぴたりと止まった。
それを見ていた
「いや、でも仕方ないですよ。いずれにせよ、このままだとボクたち全滅ですから。逃げるためには動かさないと」
「そ、そうですよね。しかたない、ですよね」
「別に動かしたら別に絶対に起きるわけでもないですし。見つかってない今なら、こっそり逃げればなんとかなるんじゃないですか」
「う、うん」
絶対に起きるわけではない。
……本当にそうだろうか。
ヒナヤが不幸を引き寄せるなら、これすらも悪い方に転ぶのでは?
「待って」
気づけばアタシはニサを止めていた。
「動かすのは反対よ」
「じゃ、じゃあ、どうやって」
「それは――」
全力で思考を巡らせる。
エイシャを起こさずに運ぶ方法はないか。
隠れてやり過ごすことはできないか。
誰かが囮になって引き寄せるのはどうか。
さまざまな案を検討するが、どれも名案には程遠い。
こういう時こそエイシャがいてくれれば、そんな思いが頭をよぎる。
「いつまで黙っているつもりだ」
リグサキサスーバがため息をついた。
「貴様も理解しているだろう? これは試験。そして、迷宮の主は越えられない障害だ。本来であればそもそも出会わないように立ち回ることが正解だろう。仮に見つかったのならば全力で逃げる。それ以外に選択肢はない。四の五の言っている間に逃げられなくなるぞ」
正論だ。
このままぐずぐず悩んでいたら取り返しがつかなくなる。
相手はペリュトン。『幻影の森』の頂点に立つ迷宮の主だ。まともに戦えば、なす術もなく蹂躙されるだろう。
一刻も早く逃げるべきだ。
それが正しいに決まっている。
だけど。
本当にそうか?
「……逃げるのは無しよ」
「どういうことだ?」
「逃げずにここで迎え撃つ」
この場にいるアタシ以外の全員が息をのむ音が聞こえた。
たしかにペリュトンは強い。まともに戦わず避けるのが賢いやり方だ。
でも、アタシの憧れる探索者たちならどうする?
――真正面から挑むはずだ。
困難をねじ伏せてこそ真の探索者なのだから。
「とても正気とは思えんな」
「もともと探索者ってそういうものでしょ」
自分から魔境へと
「アタシがここに来たのは探索者になるためよ。勝てない相手に背を向けて逃げ出すためじゃない」
眠ったままのヒナヤとエイシャを背に、刀を抜き放つ。
「ねえ、リグサキサスーバ」
「なんだ」
「選抜試験に来なかったこと、許すわ」
「――っ」
「本当はさっき理由を聞こうと思っていたけど、それもしない。何も聞かずに許すわ」
「…………」
「その代わり、迷宮の主を倒すのに力を貸しなさい」
声はせずとも、リグサキサスーバが驚くのがわかった。
それが思いのほか爽快で、少しだけ頬がほころぶ。
「……本当にいいのか」
「ダメなら言わないわよ」
「…………わかった。手を貸す」
「交渉成立ね」
わたしはくるりと身体を翻す。
ヒナヤの隣で座りこむニサは、誰の目から見てもわかるほどに震えていた。これではさすがについてきてとは言えない。
「わ、私は……」
「ニサはここでエイシャとヒナヤを死守して」
ニサがあからさまに安堵するのがわかった。ただ、それでも葛藤はあるのだろう。俯きながら唇を震わしている。
「で、でも、二人とも戦うのに……私だけいいんですか」
「他のモンスターに襲われたらマズいでしょ」
嘘ではない。これもまた本心だ。
「あと、あなたも一緒にここにいてもらっていい?」
「……わかりました。本当は自分の手で雪辱を果たしたかったですが、今の状態では返り討ちにあうだけですからね」
「代わりに、良かったらこれを」
金属製の水筒だった。形状はかなり平たく、板をわずかに曲げたような形をしている。ドラマなどで酒を飲んでいるイメージが強い。
「これってお酒よね?」
「そうですね。気付け薬です。睡眠対策で持ってきたので一応渡しておきます。まあ、効果はないかもしれませんけど」
シュテリアはヒナヤを見ながら言った。
たしかにこれを使ってもヒナヤは起きなかったのだから、意味はないかもしれない。それでも。
「ううん、ありがとう。受け取るわ」
アタシは気付け薬をポケットにしまった。
「それじゃあ、エイシャとヒナヤをお願いね」
「わかりました」
「行くわよ、リグサキサスーバ」
「ああ」
ヒナヤたちを背に歩き出す。
空の先では青い鳥が
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