断章/その妄執の果てに
見上げた先には、父が居る。
「なんで、
震えた声で、そう問いかける。どうして僕は
「クリス、お前が
ああ、そうか、そうなのか。
だから僕は僕の
……
「クリス、お前は
父の問いかけに、元気良く返事をする。大きく元気な声は、自分を元気付ける。
「はい!」
僕の父さまは騎士だ。父さまは
だから僕は、いつも父さまの言う通りに過ごして来た。
甘えという物を全て捨て去って、剣術に
刃を垂直に立て、円を描くように全身をしならせる。父さまの
足で地を
盾で身を固める。左手の盾だけはどんな力ですらも
機械のように。
機械のように体を操る。天上から見守る瞳のように達観し、
技を追う度に僕は確実に強くなっていった。剣の重なり合うその瞬間の、
それでも父が望む騎士にはほど遠かったらしい。未熟者だったらしい。
僕には、父の教えが理解できていなかったようだ。全ての民を助けるほどの力を持ってしても、心構えがなっていなければ騎士として失格だ、と父は言った。
全てを投げ打って自分を
強くなる為に己を削いでいって、気づけば僕には何も残っていなかった。いや、騎士になるという目標だけは残っていた。残ってしまっていた。
周りの子供達は、皆幸せそうだった。他の子供と遊び回って、泥まみれになって親に怒られていて。ごめんなさいと謝りながらも、その顔は暖かいものだった。
彼らの最後に見たのは笑顔だった。そして僕はその笑顔を守らなければならない。騎士として日々の
そう考えただけで
思えばその日から、父はますます僕を
「騎士の誇りを持て! 民を守る為に
父は、いつも
もう削るものなど残っていない。だから僕は更に身を削いだ。睡眠の時間から削った。食事の時間を削った。考え事をする時間を削った。余計な思考を削った。削った、削った。削った。
そうやって完璧な騎士を目指す為に努力していたのに、ますます父は怒りを表わにした。
父は正しいから、僕が間違っているのが許せなかったのだ。しかし、僕には父が何を怒っているのかすらも分からなかった。
父はただ騎士に成れと叫ぶから、僕はその通りにする為に自分を更に削った。
それからしばらくの事を何も覚えていないのは、きっとそのせいだろうけど。
でも、そうやって
どうやって認められたかは覚えていない。でも認められた。やっと僕も
そうした僕の顔を見る父の顔は
僕が騎士と成るのは、一月先の祝典であると告げられた。多分偉い方からだったと思う。僕は感激のあまり涙で顔を濡らそうとしたけど、
「騎士に成れたとはいえ驕らぬように。お前は
父は僕にそう言った。
僕は、はい、と答えた。
……
そして僕は少女と出会った。
白く、純白で、
それなのに、彼女はどうして僕を気にかけるのだろう。僕は
僕は
「それは、貴方が私と同じだからです。 」
彼女はそう言って
ああ、そうか。彼女は僕と同じなのか。そう思った瞬間、
すると
「それで良いんですよ。貴方はそのままで良いんです」
彼女は笑顔を
僕は初めて笑っていた。彼女と同じ表情をしていた。
「貴方には、笑顔が似合いますね」
だから僕は、僕の笑顔を
……
僕が騎士と成る前日に、僕の父は捕まった。家は押さえられた。汚職、なのだそうだ。
僕は、父が正しいと決めつけていたけど、一体どうして正しかったのだろうか。
僕は父のような騎士になる為に、父の言う事に従い続けていた。はずだ。そうだ、従い続けてきた。
剣技だって極めてきたし、父の言う、正しい心構えだって身につけた
一体、何がいけなかったのだろうか。考える度に頭が痛くなっていく。しばらくは考え事もしていなかったっけ。視界が
「私は、ただ、正しい事をしたかった。その結果がこれなのか」
父は言った。
どういう事なんだ。父は正しくて、でも捕まっているという事は悪い事をしたという事で、でも父は正しいのだろうか。
耳鳴りが始まる。
考えるのを止めてしまいたい。
……父は、父はなんなのだろう。
私はお前を
そうなのか。僕は
「ただ私の言う事を聞く為の駒が欲しかったのだよ。なのにお前は私の考えた道から離れていくばかりだった」
僕は空っぽのままだったのだ。自分では何も考えられなかった。父の
父は、僕に何をして欲しかったのだろう。どうして欲しかったんだ。分からない。
空っぽのままで
父は僕に本物に成る事を求めていて、それでも僕は偽物のままだった。結局、最後まで変わらなかった。
僕は騎士に成る振りをしていただけなんだ。
……
やって来た騎士達は、僕にお家取り潰しだと
僕には騎士に成る事しか残されていなかったのに、最後の一つまで
それを知覚した瞬間、僕は
自分が恐ろしく
いつの間にか、僕の顔に張り付いていたはずの笑顔が
僕は
僕は僕である事を
騎士になり
僕はお家取り
そして迷宮を
その新たな一党に入ってしばらく
できる
残るのは
結論として、僕は周りに流されて逃げ出してしまった。一人の仲間を置き去りにして。
苦しい、苦しい、苦しい。
僕が僕であるために、彼を助けなければ。
……
「彼女達を連れて行ってください」
「そうやって言ってどうするつもりなんだ?一度見捨てていった
「ええ」
「死ぬかもしれないのに?」
「ええ」
「そうやってお前が無駄死にしていくだけで、そしてあいつも死ぬんだろうな」
「彼だけは何とかして
「馬鹿げてる。頭がおかしいんじゃないか」
「分かっています。それでも行かなければいけないんですよ」
「……何の為にだ」
「僕が僕である為に」
「お前は、あいつを助ける為にとは言わないんだな」
「僕が僕である為に、彼を助けなければいけないんです」
「……お前は、狂ってるよ」
「これ以上の問答は不要でしょう。時間が
「……」
「それではまた、生きて会えたなら」
そうだ。ただ彼を助ける為にではなく、僕の為に死にに行くのだ。狂っているとしか思えないのだろうけど、いや、狂っているのだろう。それでも彼を助けなければ。
振り返って、全速力で
すれ違いざまに見た仲間の一人の顔に、かつての少女の
思わず
「どうか、どうかご無事で居てください。死なないで」
「ッ! 分かりました」
それを聞いた後に、
しばらく走れば、
彼を助けよう。僕が僕である為に。その為なら、僕が死んだとしても、彼が死んだとしても。必ず彼を助けて見せよう。
暗闇より暗い、汚泥の騎士が。今まさに長剣を振り下ろそうとしている。
そこへ向かっていくのは、死ぬほど恐ろしい事だ。だから僕は、父の教えを心に浮かべた。
だから一歩、先へと進もう。
汗の
あまりの力強さに、
「どうして、来たんだよ……」
振り
──僕が僕である為に。
……
『
準英雄として名を
準英雄の力によって振るわれた武器は、
『
古きカシミールの準英雄が身に着けた鉄の胸甲、そして盾。
彼に必要だったのは
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