四話 牙と爪と、剣と腕と
──飛び散る
もう一体の小鬼に対して、ケインは槍を横
いつもならば骨に
「クリス、そっちはどうだ!」
「ええ、何とかなりそうです!」
マルコの代わりに
小鬼が短刀を突き出せば、五角の盾にて振り払う。小鬼が
ケインやエイベルのような瞬発力こそ無いけれども、
一撃、二撃、三撃。
クリスは
その傷だらけの体から流れ出した血流が、
「GRROOOAAA!!」
小鬼がこちらに走り出してくる。その手に持った短刀によって、自分が受けた苦痛を敵に味あわせてやろうといった訳だ。
しかし、血を失い過ぎたのだろうか?小鬼の体が
それから、声も出させぬ間に。
「よくやった、クリス!」
残るは大コウモリが二体のみ。
エイベルはその二体共を相手取っていた。
左のコウモリが突進すれば、大盾を左へ傾け勢いを削ぐ。そして以前のように、
だが、今度は右から突進が来る。そうしたらまた盾を右にやって、勢いを削ぐ。
手の
「ク……ソがァッ」
ミシミシと、突進を受け止め続ける、エイベルの腕と盾は、その度ごとに悲鳴をあげる。
エイベルは、その状況のどうしようもない事に、段々と
「エイベル、大丈夫か?」
「
盾で衝撃を分散させているとはいえ、怪物の突進を
──片方が突進で
ケインは左手の円盾を
コウモリの突進は確かに
ケインは体勢を崩したコウモリに向かって槍を突き出した。
……あと少しで押し切れる!
「クリス、後は頼んだ!」
「ええ」
クリスの
長剣を腰だめに構えた
残るは一体。敵は
ならばエイベルの大剣によって押し通せぬ攻撃は無い。
「さっきは良くも、やってくれた、なァ!」
彼の受けた痛みと
後には金貨のみが残され、戦闘はようやく終わりを告げる。
「ッツ!」
戦闘が終わった事で、
盾がある程度衝撃を受け流してくれるとはいえ、
「アンネ、頼む」
「分かりました。……【軽癒】」
左腕が、たちまち精力を取り戻していく。
光の糸が、その骨片の一片一片を束ね、生着させ、破れた血管から流れた血液を戻してゆき、後には肌色だけが残る。
エイベルは少しの間腕の調子を確かめて、大丈夫そうだ、と
「しかし、腕は治るにしても、盾がいかれそうだな。
大盾といえども
「もう少し使い続けていきたかったんだが。これではすぐに割れそうだ」
少しは愛着を持っていたようだが、
「そろそろ、金属製に買い
クリスは自分の盾を見ながら、そう提案した。
金属製だからといって傷つかない訳では無いが、それでも木よりはずっと
クリスの盾は刃を受け止め続けているが、その表面の傷は極わずか。
「ああ、そうだな」
エイベルは素っ気なく返事をした。
「だがその前に金を稼がなくてはな」
ついでに口を曲げながら、こうも言った。
その言葉に、皆も苦笑を抑えきれない。誰もが金欠だからだ。元は騎士だったというクリスも例外ではない。
確かに俺達には金が無い。迷宮に入る為の装備一式やら旅費やらで散財してしまったから。
そして金が
「いつになれば、物語に出てくるような偉大な探索者になれるのだろうな」
エイベルは空笑いをした。
会話が途切れ、音が消えた通路の中、暗闇の
黒色を
「金貨は拾い終わりましたよ」
瞳の中の無機質な黒が、
──空気が
それとも、その焼けた肌と黒ずんだ髪とが一つに
松明の光が揺れる度、その存在が消え去ってしまうよう思えるほどに
「それで、次はどこへ?」
「
アンネはピンと指を立てる。
「そうだな、それでいこうか」
それに考えてみれば、迷宮で探索するものなど新しい通路か
「それなら、ウチが先に行くので、その少し後に着いてきてください」
そういうや否や、ドナは前へと歩き出し、迷宮の闇に溶け込んでしまった。
「もう、気が早いわね!さ、見失わない内にとっとと行くわよ」
シエラはケインの足を軽く蹴りやって急かしていく。
ああ分かったよ、とケインは半ばウンザリしながらもドナの後を追って歩いた。
それに後の者達も続いてゆき、彼らもまた
後に残されたのは、
……
幸いにも、
……その中には何もありはしなかったが。
通路、通路、曲がりくねった通路、空の
途中には大コウモリが二匹ばかり襲って来たものの、前衛三人によって瞬く間に引き潰し、そうしてようやく二つ目の
「地図を埋められた分、良かったものだとしようか」
ケインは苦笑いをした。周りを見渡せば、皆も同じような顔をしている。
奴らは
視界が制限された迷宮の中で、敵の
ケインは次に、どうやって奇襲をするべきか考える。そうしている内に、シエラがケインに提案を出してきた。
「ねぇケイン、私新しい呪術を覚えたのだけれども。前衛だけで張り切っちゃって全然使えないし、今使っても良いわよね?」
彼女が新しく覚えた呪術は【入眠】。
【入眠】は文字通り敵の集団を眠らせる
だがそれもしっかりと習熟した状態での事。習いたての呪術というものは総じて不安定であり、大した効果も見込めないだろう。ケインはそれを
「せめて【火弾】にできないのか?」
「やぁね。実践で使うからこそ上達するんじゃない!」
キラキラと、子供が大人にねだるような視線。下から絶え間なく注がれるそれに、ケインの心は溶かされていた。
「好きにしろよ……」
ケインはため息をつき、シエラは、やたっ!と拳を握る。
そして深く深呼吸をして、シエラは呪術の準備に取り掛かった。
杖を立て掛け、腰に付けた薬瓶を取り、その中から粉末を取り出す。最後に起動の言葉を送り出した。
【入眠】
乾燥させた薬草の
安眠作用のあるその粉薬は、呪術の恩恵を受け、生物を深い眠りに誘う効能を強化されている。
それらが怪物どもの所にたどり着いたであろう頃、全ての影が
人型が一つ、四足が二つ、その首を地面に横たえる。
残る人型の影は、どうやら混乱しているようだ。しかし、ふらつきながらも仲間の元へと駆け寄ろうとしている
「それ以上待っても起こされるだけだろうな」
ケインはそう言って飛び出した。
その後にクリス、エイベルと続き、照明とシエラが追いかけ、最後尾にはドナとアンネ。
「寝ている奴から叩くぞ!」
ケインはそう呼びかけ、四足の影の頭らしき物に攻撃する。
血と共に、何かの破片が数枚浮かび上がる。僅かな時間の間に、ケインはほんの少しだけその何かの形を見ることができた。
それは大体が
……これは鱗に違いない。そして、一層で鱗持ちといえば、大トカゲだ。
「四足のは大トカゲだ!」
「なら俺がやる。滑りに関係なく叩き潰せるから、なぁ!」
エイベルはそう言って、もう一匹の眠っている大トカゲに向かって大剣を振りおろす。
少々刃の鈍っている大剣は、
「判別できました、人型の影は犬鬼です!」
犬のような顔に埋め込まれた
一匹の犬鬼が、臭気の
クリスが犬鬼の方へ向かって走り出す。犬鬼達は、寝ぼけ眼にもそれを捉えて身を強ばらせる。
クリスはそのまま、寝息をたてて
喉笛を破かれた犬鬼は、喉を掻きむしりながら穴から風を吹かせていたが、すぐに死んだ。
犬鬼が六匹。船を
仕留めきれなかった大トカゲ二匹の方は、痛みと体の重さとで、まだ身動きが取れていない。
クリスの近くには、まだ六匹も犬鬼が居る。瀕死の大トカゲにそう時間は取っていられない。
ケインとエイベルは、各々の武器をもう一度だけ叩きつけて、すぐさまクリスの元へと駆け寄った。
犬鬼共は、そうしている内にもそれぞれの間隔をより狭めていく。探索者達が
そして、彼らの敵意は最も近場にいたクリスへと集まっていく。
ジリジリと狭まるお互いの距離。先頭の犬鬼と、クリスとが目と鼻の先というまでに近づいた時だった。
「クリス、そこを退きなさい!」
シエラが叫ぶ。その左手に、松明の火を集めながら。
「犬の毛皮ってのは、油が染み付いてて燃えやすいわよね!【火弾】!」
パチパチと火の粉を振りまきながら、粘りついた火の塊が一番先頭の犬鬼にぶつかる。そして弾けた。
炎の破片──それも火の粉など比べ物にならないほどの、分厚い熱の塊──は、まるで散弾のように後方へと散りばめられ、数匹の毛皮を焦がし、焼いていく。
「WOOOOOO!!!」
それでも死なぬというのが、鬼の活力というものだろう。【火弾】の直撃した犬鬼は、その半身ほどを
「ッツ!!」
クリスは盾で鉤爪を打ち払おうとしたが、犬鬼の
「アァッ!」
左腕を撃ち落とされようとも、クリスは右手の長剣を犬鬼に叩きつけた。
鉤爪の届く、徒手の間合い。長剣の斬撃など取るに足らないその距離でも、せめて殴り飛ばす事はできよう。
剣の根本が犬鬼の炭化した肌に食い込み、細かな炭が弾けて飛び散る。
犬鬼がよろけ二、三歩後退した。剣が離れ、めくれ上がった傷跡。
「ハ……」
そのままふらりと倒れ落ち、しばらくピクリとも動かないまま横たわり、次第に呪詛へと還っていった。
残る四匹は、それぞれチラつく火の粉を
……焦げ臭い。
ケインは襲いかかる鉤爪を、円盾で
一瞬の、それでも長いように感じた鈍痛をやり過ごし、ケインは腰だめに短槍を構える。
胸を突いて一息に刺殺してやろうと意気込む中、彼は犬鬼と目を向かい合わせた。
目だ。同胞を始末していく探索者に向ける
前に進もうとしていたケインの腕は、粘液の中を進むかのように、
ふと気づけば、犬鬼はちょうど腕を振り上げる所だった。今までどうして
「ぐぅッ!」
余りに槍が重くなったものだから、ケインは猫のように背を曲げて、槍を取り落としかけてしまった。
見れば槍は、犬鬼の右手を突き抜けて、そのまま肩へと突き刺さっている。
力を込めて引いてみても、槍はピクリとも動かないままだ。
だが犬鬼には左腕が残っている。そしてそれは、今にでも振り上げられようとしていた。
しかし
ゆっくりと刃が引き抜かれ、犬鬼が倒れ伏せたその先には、厚みのある剣鉈が一つ。
斥候のドナによる
「危なかったですね」
ドナはそれだけを言い残し、また次の機会を
ケインはしばらく
そして思い出したかのように、地面に転がされている短槍を持ち上げる。
「オラァ!」
エイベルの方はというと、正に大剣を横に払って、二匹の犬鬼をなぎ倒そうとしている所だ。
大剣の無駄に大きい
一瞬踏みとどまって、その後エイベルが更に力を注ぐ。力み過ぎて痛む両腕、頭が
地面にへばりついていたはずだった犬鬼の足は、いつの間にか、つま先立ちに。そして
「俺は、もう動けない。後は頼んだぞ……」
「分かりました。ゆっくりと休んでいてください」
犬鬼二匹を吹き飛ばすという怪力を成して見せたエイベルは、やはり限界まで力を振り絞っていたようだ。腕は脱力しきっていて、大剣を取り落として拾いもしない。
その隙を埋めるように、クリスが代わって前に進む。その先には牙を
クリスは切っ先を向けて
そして犬鬼が牙を突き立てるより先に、犬鬼の体に長剣を突き立てた。
長剣に刻まれた
それでも犬鬼は、最後に口を大きく開いて、思い切りクリスを噛み切ろうとする。
大きく開けた口の中にずらりと並ぶ鋭い犬歯。クリスは反射的に盾を構えようとした。が、できなかった。
先ほどの失敗で傷ついたのだろう。もはや盾持つ左手は筋を痛めてまともに動かず、牙はクリスの肩に突き刺さる。
クリスは痛みの中で、思い切って犬鬼の
それからもう一度殴り飛ばされ地べたに
後ろに潜伏していたドナが喉笛を
残る二匹は迷宮に叩きつけられた痛みから回復しつつ、ようやくの事で立ち上がってきている。
ケインはそれを見て気を取り戻し、急いでその一匹を突き倒し、最後の一匹はクリスが最後の力を振り絞って切り裂いた。
そうして戦闘は終了した。
前衛達は、すぐクタクタになって倒れ込む。エイベルなんて、指一本すら動かしていない有様だ。
……人数不利の戦闘ともなると、大分長くなるものだな。
ケインは薄ぼけた頭の中でそう考えた。
……
【入眠】
薬草の粉によって感覚を麻痺させ、敵を眠らせる呪術
眠れや眠れ、愛し子よ。なぜそのように
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