Side-A
2016年7月23日
高い丘の上、打ち上がる花火に照らされながら、私はまどかとキスをした。一つ、また一つと音が響いて、赤や緑に輝く光が、私たちの影を照らし出していた。どちらからでもなければ、気の迷いがあったわけでもない。
ただ互いの気持ちが重なるような、そんな感覚を覚えながら、私たちは自然と互いの唇を重ねた。
どうしてこうなったのかはわからないけれど、私はその日、まどかと一緒に祭りへ来ることができてよかったと思った。誘われるままに、あの日嫌な思いをした祭りに来てみたけれど、それは正解だったということ。それだけはどうしても揺るぐことはなくて、私は私を連れ出してくれたまどかに感謝さえしていた。
ゆっくりと時間が流れる中で、どうしても考えてしまうことが一つだけある。香澄とは少し違う、彼女よりもいくらか下唇は分厚くて、それにしっとりとしていること。比べようなんて考えてはいなかったけれど、どうやったって彼女との違い、その一つ一つが頭に浮かんでしまった。
こんなことは考えるべきではないのかもしれないけれど、私がそれほどに香澄のことが好きだったのか、あるいは私がだらだらと未練を引きずってしまっているだけなのか、何れにしてもこんなことを考えてしまうだけで最低だと卑下してしまいつつ、やがて私たちはどちらからともなくキスを終えた。
顔を見合わせ、まどかは恥ずかしさを紛らわすように輝かしい笑みを浮かべる。その笑みは花火の光も相まって、一枚の絵でもみているかのようだった。そんな彼女の姿に見とれながらも私は、彼女の笑顔に答えるように笑みを返した。依然鳴り止むことのない花火の音は、心臓に響いてその鼓動をより早めていくようにも感じられる。途絶えた花火の音は静寂を生み、照らす光が月だけになり、その月さえも薄い雲が覆い始めると、ひときわ大きな音が響いた。
最後に打ち上げられたその花火に私たちの意識は持って行かれ、向けていた視線をそれに向けると、光を失った夜空を大輪が照らしていた。
「終わっちゃったね」
「うん」
「私さ、すみれのこと好きだから」
「うん」
「付き合おう」
「うん」
前を向いたまま話すまどかの言葉一つ一つに相槌をうち、私が最後に返事をすると、彼女は私にキスをした。二回目のキスはさっきよりも短く、やはりキスの後にまどか恥ずかしそうに笑みを浮かべる。暗闇の中で定かではないけれど、きっと彼女の頬は紅潮しているんだろうと思うと、やっぱりまどかは可愛くて、愛おしくも感じられた。
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう」
礼を言うまどかに返事をすると、彼女は「行こっか」と呟いて立ち上がった。私もそれに続くようにベンチから立ち上がると、足並みをそろえて歩き始める。不意に手を握られれば、私はそれを握り返した。夏風が肌を撫でて涼しさを感じさせる中で、虫の鳴き声は耳に心地良く、祭りの終わりを感じさせる妙な寂寥感が心には残った。
「今日、うちに泊まって行かない?」
「え?」
突然の言葉に思わず聞き返すと、まどかはやはり恥ずかしそうな表情を見せた。
「なんか、せっかくだから、さ。今日は一緒にいたいな……なんて思ったり……」
そのらしくないセリフに、私は思わず笑ってしまいながらも、頷いて見せる。
「うん、いいよ。今日は泊まっていくね」
「良かった。着替えはとりあえず貸すから」
「うん」
まどかの家に到着すると、最初に出迎えてくれたのは彼女の母親だった。
「おかえり、すみれちゃんもゆっくりしていってね」
「はい、お邪魔します」
まどかの母親に返事をしつつ、私たちはまどかの部屋へと向かい、それからは一緒にお風呂に入った。いつもより気恥ずかしい感覚を覚えながらも、私たちは順番にお風呂へ入り、それからは彼女の家にある漫画を借りて時間を潰し、日が変わる頃になると、眠るために布団へ潜った。
何にもない。本当に何にもない夜だったけれど、私はそれで良かった。少しも期待をしていなかった、なんて言うのは嘘になるけれど、それでも私はその日、まどかと一緒にいられるだけで十分だった。いつか、もっと親密になりたいと、心のうちでそう思いながらも、私はただ、現状の幸せに身を投じてその心地よさに浸っていたかった。
この関係が、誰かに知られることで壊れてしまうくらいなら、私は一生、これ以上の関係を望むことはない。そう考えてしまえば、いくらか寂しくもあるけれど、それでも私はそれで良かった。それが、良かった。
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