Side-B

2016年5月3日


 高校生になってから一ヶ月が経とうとする頃、四月から単身赴任に出ていった父親と、今日明日で家を留守にするという母親の話を聞いた私は、三連休になるわけだから島崎くんに泊まりに来ないかと提案をしていた。


 当然、この歳になれば、一つ屋根の下で異性と寝るのがどういうものなのかなんていうのはわかっているし、正直興味だってある。私だってそれくらいの年頃なわけだし、今年で付き合って二年になるわけだからやることはやっておきたい。

 処女であることに、私はそう価値観なんて抱いてもいなければ、今は島崎くんが相手ならいいと思っていた。それなりに緊張はするけれど、あの時に比べれば心の準備は十分にできていると思う。島崎くんはあの時から遠慮しがちになっていたわけだから、今度は私からという気持ちもあった。


 すみれとのことは、卒業式の日に話したおかげで大分スッキリしたと思うけれど、いつだって私の心の中には不安があって、それは午前中に家を出ていった母親が、いつもより綺麗に見えた理由だったり、仲の良かった友人があまり印象の良くないグループに入ってしまったのが原因だったりもする。

 なんだか拭いきれないもやもやが胸に残る中で、島崎くんとは定期的に会っていたわけだけれど、大した進展もなくこのまま終わってしまうんじゃないかっていう不安でさえも感じることがあった。


 部屋の掃除をしながら島崎くんが来るのを待って、午後になると島崎くんは家に来てくれたけれど、流石にすぐにするなんてことはしなかった。なるべく早く終わらせておきたいくらいの気持ちはあるけれど、それでも私だってムードくらいは大事にしたいし、そんなんじゃがっついてると思われそうで嫌だったから。

 とりあえず島崎くんを家にあげ、そのまま彼を部屋に連れていくと、彼はそのままいつもより大きなバッグを床に置く。


「一泊にしては大きくない? バッグ」

「ああ、ゲーム機持って来たんだ。せっかくだから一緒にやろうと思って」

「ゲーム好きなの?」

「うん。言ってなかったけど、それなりには」


 それまで知らなかった意外な彼の一面に、私は思わず笑ってしまった。今までは、そんな可愛らしい一面は見なかったけれど、それはむしろ私を安堵させてくれた。


「案外男の子っぽい部分もあるんだね」

「そりゃあるよ。兄弟だっているし」


 そんな島崎くんの返事に、私は再び笑いをこぼすと、彼が買って来てくれたジュースを用意しておいたコップに注いだ。


「ジュース、ありがとね」

「うん」


 そう言ってそれを一口飲むと、私たちは早速島崎くんが持って来てくれたゲーム機を用意して、いくつか持って来てくれたゲームソフトの中から一つを選んでそれを始めた。有名な対戦ゲームなんだけれど、私も幾らか友人の家でやったことがあったため、それなりに楽しむことはできた。


「アルバイトは順調?」

「うん、これと言って不満はないかな。今日だって休ませてくれたし」

「なんて言って休んだの?」

「濁して言ったけど、同じくらいの先輩に問い詰められて、その人にだけは正直に言った」


 笑いながら話す島崎くんは、どこか楽しそうで、私はただ「そっか」と返事をする。


「高校は? 友達できた?」

「できたよ。同じクラスに二人だけ気の合う人がいてさ。放課後、遊びに行ったりもした」

「へえ、友達なんて作らないんだと思ってた」

「そんなことないよ。僕だって気の合う人がいれば仲良くする。香澄だって一緒にいて楽しいし。高校はいろんなところから集まる分、いろんな人がいるんだよ、多分」


 画面を見ながらそう言う島崎くんの横顔を見て、少しだけ彼を遠くに感じてしまった。私だってそこそこの高校には入学したつもりだけれど、そんなことを胸を張って言えるほどでもない。実際、身近の中学に通うような子達ばっかりだったし、その分共感できる部分は幾らかあるけれど、少しだけ、自分の世界が狭いような気分になった。


 しばらくゲームをした後は、また別のゲームをしたりして、そうしているうちに日が暮れてしまうと、私たちはコンビニへ出かけてお弁当を買うことにした。何か作ろうとも思ってはいたけれど、久しぶりにゲームに熱中したぶん、そんな気力なんて残ってなくて、互いにそれほどお腹も空いていなかったから、軽く済ませるだけで良いということになった。


 夕食を済ませてお風呂に入り、リビングでテレビを見て、二十時を回った頃に部屋へ戻ると、私たちはベッドを背に向けて隣りあい、各々で携帯をいじっていた。わかってはいたけれど、かなり勇気がいることだと思う。どうやって誘うべきかもわからないし、どうんな風に雰囲気を作ったら良いのかもわからない。島崎くんがどう思っているのかもわからなければ、そもそも期待しているのかでさえわからなかった。

 そうやって悶々としているうちに、島崎くんは静かに私の名前を呼んだ。


「香澄」

「どうしたの……?」


 そう言って振り向くと、島崎くんは優しく私の前髪を撫ぜて、目が合うとそのまま私にキスをした。ゆっくりと、体温が伝わるようなそのキスは、初めの頃と比べればぎこちなさなんてものはすっかりと消え失せている。ゆっくりと重ねられた手を握り返し、長いキスの後に島崎くんは確認するように問いかけた。


「今日は、その……そういうことで良いの?」

「……うん」


 短い返事をした後に、私たちは初めての経験をした。キスよりもぎこちないそれは、思っていたよりも充足感があり、安心感があった。想像していたほど破瓜の痛みは強くなく、血も出なかった。気持ちが良いという感覚もなく、少しだけ変な感じだったけれど、それでも不満はなかった。ただ、心配そうに声をかけてくれる島崎くんの優しさだけが心に残って、私からすればそれだけで満たされるような感覚だった。


 数時間体を重ねた後に、私たちは再びお風呂に入って汗を流し、そうして同じ布団に寝転がった。


「今日はありがとね、島崎くん」

「こっちこそありがとう。でも、そろそろ名前で呼んで欲しいなって」

「そっか……うん、そうだね。確かに」

「うん」

「じゃあおやすみ、ともはるくん」

「おやすみ、香澄」


 互いに名前を呼び合って、私たちは最後にもう一度、互いの唇を重ねた。

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