Side-B

2015年1月3日


「香澄は、何をお願いしたの?」


 島崎くんと初詣に来てお参りすると、彼は何気なく私にそう尋ねた。


「別に大したことじゃないよ。ただ、普通に、楽しく暮らせますようにって、それだけ。島崎くんは?」


 島崎くんの問いかけに答えて聞き返すと、彼は少しだけ考える素ぶりを見せて答えた。


「僕も同じようなものだよ。大したことを願うほど、将来のことも考えているわけじゃないし」

「ちょっと何、その言い方」


 私がそう言葉を返すと、島崎くんは少しだけ困ったような笑みを浮かべてごまかし、私は少しだけそれが気になったけれど、変に掘り下げるような勇気もなくて、グッと言葉を飲み込んだ。

 話しながら坂道を下って行くと、一層強い風が吹き、肌に刺さるような寒さを感じる。その先で配られている甘酒は、一年前にすみれと一緒に来たことを想起させた。今では話さないことが当たり前になって、こんなに簡単に縁が切れるものなんだと知った。私にとって、あるいはすみれにとってはその程度のものだったのか、これが普通なのかはわからないけれど、私は昔を懐かしむように笑みを浮かべた。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。甘酒もらいにいこ」

「うん」


 誤魔化すように彼に返事をすると、私は島崎くんの手を引いて甘酒をもらいにいった。もらった甘酒は温かく、紙コップを持つ手がじわじわと温かくなって行くのを感じる。飲めば冷えた体のうちを通って行くのがわかり、程よい甘さに舌鼓を打つと、私は改めて笑みを浮かべた。

 ふとした瞬間に思い出すすみれとの思い出が、私にそうさせた。こう考えて見ると、いい思い出となってよみがえるのはいいことだと思う。私も少しは前に進めたんだと思えるし、きっとすみれだってそうだろう。

 なんだかさっぱりしてるなあとか、そんなことを自分自身に思いながら、私は島崎くんとともに家路に就いた。


 未だ新年を迎えたという実感を持てないまま島崎くんと別れると、私はふと考える。もう四ヶ月もすれば中学三年生になっているわけだから、そろそろ進学先の候補くらいは考えておかなければならない。すみれとの関係が続いていれば同じ学校を選んでいたんだろうけど、今じゃそんなことしても気まずくなるだけだと思うし、どうするべきか。

 島崎くんと同じ学校に行くにしては彼は頭が良い方だから、きっと私は同じ進学先にはいけないと思うし、考えれば考えるほどにわからなくなるし、将来のことなんて少しも考えていなかったことを痛感してしまう。


 やりたいことは何かと問われた時に、私は何も答えられない。楽に生きたいというのは当たり前のように考えるし、正直そんな人が大半だと思ってる。けれどどこかで折り合いをつけて働かなければいけないのも事実なわけだし、良い大学を出ればそれなりの職につけるんだろうって漠然と考えることくらいはできる。

 ただそれを実行に移すとなると、私にはそれだけの気概がなければ、自制心だって兼ね備えることができていなかった。


 私はすみれのやりたいことを知っている。それだけに彼女のことは今となってもすごいと思うし、自分の好きを貫き通せる人だというのも感じていた。普段は大人しくて、あまり人に話しかけるような子ではないけれど、何か物語の話をするときは生き生きとしていて、私はそんなすみれが好きだった。

 今では淡い初恋みたいな思い出となって、島崎くんを好きなんだという自覚こそ持てているけれど、もっと自由に生きれる環境だったら、きっと私はすぐに彼女に告白して、そうしていつの間にかすみれにリードされるような日が来ていたかもしれない。そう考えると、なんだか笑えてしまって、私は小さく言葉をこぼした。


「はあ……私って、本当に空っぽなんだなぁ」


 自虐的に笑って、感傷的になって、どこか悲劇のヒロインを演じている感覚で悦に浸って、そうやって私は私自身をごまかした。

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