Side-A

2014年9月28日


「おはよう、すみれ」


 電車に乗り込んできたまどかに声をかけられて、私は彼女の方に目を向けた。まどかは私でも知ってるような昔のロックバンドのTシャツにデニムジャケットを羽織っていた。以前一緒に海へ行った時にもわかったけれど、まどかは多分、海外のロックバンドが好きなんだと思う。


「おはよう」


 軽く返事をすると、まどかは空いていた私の隣の席に座ってイヤホンを外し、それをそのままショルダーバッグへと納めた。

 そこから四駅先で電車を乗り換えて十分間電車に揺られると、私たちは電車を降りて駅から目的地へと歩き始めた。五分もせずに見えてきたショッピングモールは、私の地元付近でも一番大きなもので、きっと私たちくらいの子はだいたいここへ遊びに来ることが多いと思う。


「すみれはどこか見たいところとかある?」

「服は買うとして、本屋とかも見たいかな」

「おっけい。私は楽器屋と雑貨屋、CDショップも見たいな」


 話しながらショッピングモールに入り、とりあえず私たちは手近なところから見ていくことにした。入り口近くにあるCDショップに立ち寄り、私はまどかの後ろについて歩く。彼女が見るのは、やはり海外のロックバンドのCDが並ぶコーナーで、私もまどかの趣味が気になっていただけに、色々と見ていた。


「すみれって音楽とか良く聴く方?」

「うん。流行りの曲とかはなんとなく聴いてるよ」

「そっか。海外の曲は?」

「あんまり聞かないけど、お父さんが好きだから有名なのはいくつか知ってる。そのTシャツのバンドとか」


 まどかの質問を受けて、私は彼女の胸元を指し示して答えた。するとまどかは嬉しそうに口元を緩めて、私の手を掴む。


「本当? 嬉しいなあ。私が生まれる前にはなくなっちゃってるバンドだから、周りに知ってる人いなかったんだよね。他にはどんなバンド知ってるの?」

「レディオヘッド? とか、あとはオアシスとか? 覚えてるのだとそれくらいだよ。有名どころしか知らないし、家族で出かけるときに車で流れるくらいだけどね」


 あまりまどかの期待に応えることはできないと思いながらも、私は知っているバンドの名前を挙げてみた。少しばかり気を落としはしないだろうかと不安になりながらも笑みを浮かべた私だけれど、それでもまどかはやはり嬉しそうに言葉を続けてくれた。


「十分だよ。興味があるなら色々教えたいけど……どう、かな?」


 私の様子を伺うように、まどかはそう尋ねた。きっと趣味を押し付けるようなことはしたくないんだろうと思いながらも、私の目にはどうにもまどかのその姿が犬のように見えて笑みをこぼして、正直に気持ちを伝えた。


「うん。せっかくだから、教えてもらおうかな」

「よかった。じゃあ、帰りにうち寄っていってよ。CD貸してあげるから」

「うん。ありがとう」


 それからまどかは嬉しそうに店内をみて回り、CDを三枚ほど買うと、私たちは次の店へと移動することになった。行く先は隣にある本屋だったけれど、本をあまり読まないというまどかでも、楽しそうに私と一緒に店内を回ってくれた。

 積極的に質問をしてくれるおかげで、私も心なしか浮かれてしまったようで、つい色々と語ってしまったけれど、それでも楽しそうにしてくれているまどかの表情が嬉しくて、楽しかった。


「今度お気に入りの一冊貸してよ。読むのに時間はかかるかもしれないけど、私もすみれが好きなもの気になるし」


 どこか恥ずかしそうに言うまどかに、私は笑みを浮かべて「いいよ」と答えた。そこで私も新しい本を一冊買い、それをバッグにしまい込んだ。楽器屋や雑貨屋なんかもみて回り、昼食を食べたあとは本来の目的である服屋へ向かうこととなった。


 一通りの買い物を終えて、私たちはショッピングモールを出て駅へと向かい始めた。駅からショッピングモールへと向かう人たちとすれ違いながら、私たちは沿線を歩いた。


「まどかは何か飲む? 買ってあげる」


 駅に到着してホームに出ると、私は自販機の前まで歩きながら声をかけた。まどかは一瞬ためらいながらも、あったかいミルクティーを指し示し、私はそれを二つ買った。


「ありがとう」

「うん。今日付き合ってくれたから、そのお礼」


 言いながらそれを手渡し、私たちはそれを揃って飲み始める。程よい距離感と、ミルクティーの暖かさが溶け合うのを感じながら、私は駅向かいに遠く見える山に目を向けた。雲ひとつない晴れ間だが、吹く風は気持ち良くて、まさしく秋というような実感を覚えながら、思わず笑みをこぼした。


「風が気持ちいいね」

「うん。私、秋が一番好きだな。短いけど」

「わかるなあ。やっぱり過ごしやすいのが一番だよね。春は花粉がつらいし」


 何気ない会話をしながら電車を待っていると、程なくして電車が来た。やって来た電車に乗り込もうと、扉の近くまで歩いて行くと、視界に飛び込んだのは香澄の姿だった。ガラス越しに見える香澄は、横に座る島崎くんと楽しそうに話していて、それをみた私の心はなぜか穏やかだった。嫉妬とか、執着とか、そんなものは一切感じなくて、もっとホットしたような、何かが終わったような、そんな感覚だった。

 降りて行く乗客を扉の脇で待ちながら、まるで香澄には気が付いていないみたいに、私はまどかと話を続けた。一瞬目があったけれど、声をかけることも、かけられることもなく、乗客が電車を降りたところで、私たちも電車に乗り込んだ。


 来た時と同じように電車を乗り継ぎ、私は約束通りまどかの家に立ち寄ることとなった。その日は、彼女の両親も家にいたけれど、すごくフランクに話しかけてくれて、どこか温かさを感じながら、一時間ほど滞在した後に私は帰ることとなった。

 借りたCDは四枚ほどで、それは全て同じバンドのもの。まどかが最近良く聴いているバンドらしい。家に帰ってアルバムのジャケットを眺めながら、私は息を吐いた。自然と笑みが溢れて、清々しい気持ちになる。また香澄と以前のような関係に戻ることができれば、それはいいことなのかもしれないけれど、今はゆっくりと、時間の流れに任せてみよう。そう割り切ることができたから、私は行き詰らなくて済んだ。


 離れていく心とは裏腹に、新たに近づいて行くような感覚が、私にそんな気持ちを抱かせた。

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