Side-B
2014年9月22日
もともとクラスが違うわけだから、どこかでこうなることはわかっていたのかもしれない。だからこそ、すみれと話すことがなくなって三週間が経過しても、私は現状維持以上の行動に踏み込むことができていない。
正直な話、島崎くんへの思いがまるっきり嘘だってことじゃないわけだから、友達でいられないならどちらかを切り捨てるほかないんだと思う。結局その二択を迫られた私は、先にわかった気持ちを優先したわけである。つまりそれが、島崎くんへの気持ちだったってわけで、もしすみれへの気持ちが先にわかっていたなら、私は彼女のことを優先しただろうか? 一瞬そんなことを考えたけれど、多分私は、そういう流れになったとしても、この世界に馴染む選択肢をとっていたと思う。
クラスが違うわけだから、廊下ですれ違う以外にすみれと顔を合わせるような機会は他になく、あるとすれば体育祭の練習くらいだと思う。種目を一緒にしていたのが、ここにきて仇となり、高跳びの待ち時間、私とすみれの間にはとてつもなく気まずい雰囲気が流れ続けた。
いっそのことすみれが私をさっぱり嫌ってくれるか、あるいは私がそうできれば良いのだけれど、私にそんなことできなくて、かといってそれをすみれに伝えることは尚のことタチが悪い気がして、そんな事できるわけがなかった。
気まずい空気を紛らすように、私は後方に並ぶ友人と話をしていたけれど、そのうちにすみれの出番が回ってくると、自然と彼女の方へ視線を向けてしまった。すみれの前に飛んだ人が、揺れるバーに触れて整えると、彼女はゆっくりと助走をつけ始めた。
すみれが地面を蹴り上げる度に、乾燥した土はその痕跡を残すみたいに宙を舞って落ちていく。バーを目前にして、右足で高く跳び上がると、すみれはそのまま体を反らせて綺麗にそれを飛び越えた。
「次、二條さんじゃない?」
「ああ、ごめん」
不意に声をかけられて、私は振り返ると同時に返事をして前に向き直った。再び列に並び直そうとするすみれと目があったけれど、気まずそうに目を逸らす彼女を見た私も、何を言えることもなくそっとバーの方へ視線を向けた。淀むような気持ちを振り払うように深く息を吐いて、私はゆっくりと助走をつけ始めた。
「練習お疲れ様」
「うん。島崎くんも」
体育祭の練習が終わり、私は島崎くんと帰路を歩いていた。もうこの時間になるとだいぶ涼しくなる季節にもなり、体操着のまま歩いていると特に風が気持ちよかった。
「島崎くんはハードル走だったよね? どんな感じ?」
「どんな感じって言われても……どちらかといえば苦手って感じかな」
「去年はどの種目で出たの?」
「100メートル走だよ」
坂道を下りながら、横を抜けていく自転車に目を向けると、島崎くんの返事を聞いた私は思い出したように口を開く。
「あ、そういえば一緒だったかも」
「そうだっけ?」
「うん。一緒だった、よくサボってたから覚えてる」
去年の今頃を思い出すように考える素振りを見せる島崎くんの横で、私は笑いながら答えた。すると島崎くんも「確かに」と言葉をこぼしながら笑みを浮かべてくれた。不意に実感する私たちの関係にどこか安堵してしまう自分がいる。
「そういえば、今度の日曜日空いてる?」
「うん、空いてるよ」
「それなら一緒に出かけようよ。新しい服買いたいからさ」
「わかった」
週末の予定を決めたのちに、私たちはそれぞれの家に帰ることになった。一人きりになった帰り道、走り抜けて行く車を横目に歩きながら、早くこの関係性に慣れてしまいたいと私は思う。すみれのことなんか考えなくてもいいほどに、私は島崎くんを好きにならなければいけない。もう私たちは、友達にすらなれないのかもしれない。
以前だったらもっと自身を追い詰めていたのかもしれないと思うと、だいぶ成長したのかもしれない。それは私にとっては嫌な成長だけれど、結局どこかで割り切らなければいけないこともわかってる。現実と理想は、時に重なり、時に正反対の位置にいて、近く感じると思っていたそれが、途端に遠くなったとき、それは抱えきれないほどの不安を与えてくる。
ほんのわずかな淀みを残しながらも、私がこうして穏やかにしていられるのは、私が割り切ることができているからだと実感した。結局ただ理由をつけて逃げ出したいだけかもしれないけれど、私は割り切ってそれ以上を望むことはしない。
「はあ、今日はなんの映画観ようかな」
自分の思考から目を逸らすようにひとりごちて、私は家に続く道をゆっくりと歩いた。
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