Side-B

2014年9月1日


 あの日から、私の中では何一つ整理がついていない。一週間もすれば島崎くんは電話してくれたけれど、結局曖昧な状態で仲直りをした感じ。一歩だって前に進むことはできなくて、ただじっと、私は何かを待つように止まっているようだった。

 だからこそ、私は自分からすみれに連絡をする勇気すら持ち合わせることができない。


 一日、また一日と日が進み、予め決まっていた友人との予定をうわべで楽しんでいるうちに夏休みは終わりを迎えた。

 何も気にすることはない。すみれとは、いつも通りに接すればいい。そう自分自身に強く言い聞かせて、私は学校へと足を運んだ。


 どこかですみれを見かけるものだと思っていたけれど、そんなこともなくて、結局彼女が学校を休んだということを知った私は、どこかで安堵してしまっていた。


「島崎くん、やっぱり今日は一緒に帰ろう」

「三坂さんは?」

「休みみたいだから」


 始業式へ向かう途中、島崎くんにそのことを伝えると、彼は少しだけ後ろめたそうに頷いてくれた。


「まだ気にしてるの?」

「……まあ、うん」

「もう大丈夫だって言ったでしょ。私も悪いと思ってるから」

「ありがとう」


 依然不安げに礼を言う島崎くんだったけれど、私はそれ以上何も言わなかった。


 その日は午前中のうちに学校も終わり、私は話した通り島崎くんと一緒に帰ることとなった。

 

「三坂さんと何かあったの?」

「どうして?」

「なんとなく。上の空って感じ」


 気持ちを表に出さないようにするのは得意だと思っていたけれど、その言葉を聞いた私は、案外そんなことはないのかもしれないと思った。

 島崎くんが他人の感情に敏感なのか、それとも相手が私だからか、あるいは私が気にかけている相手がすみれだからか。

 どれが正解かなんてわからないし、そんなことは今の私にとってはどうでもよかった。


「島崎くんはさ、友達の知らない一面を知った時、どうする?」

「……わからないけど、あんまり気にしないと思う。無意識のうちにどこかで一線を引くから、他人の感性とか嗜好には興味ないかな」

「冷たいんだね」

「嫌いになった?」


 そう言った島崎くんの表情からは、微塵も悲しげな感情を伺うことはできない。むしろ自分自身を理解して、その上でそれを受け止めているようなそんな感じ。きっと私が嫌いになったといえば、島崎くんはあっさりと別れることさえも受け入れるんだろうと思う。

 ある意味で利用している私に何かをいう資格もないけれど、それじゃあ友達がいないのも当たり前だとも思う。それなのに、あの日彼が積極的になったのはなぜなのか。その疑念を飲み込んで、私は彼の言葉に答える。


「嫌いにはならないよ。私だって似たようなものだし……付き合おうって言ったけど、本当は島崎くんが好きだったわけじゃないんだ」

「それはなんとなくわかってたよ」


 平然と答える島崎くんを見て、やっぱり彼は人の気持ちに敏感な人なんだと感じた。


「わからないけど、多分今は好きだよ。ただ、確信が持てないから混乱しちゃってるだけ。あの日も、別に嫌だったわけじゃなくて、驚くことが多かったから……」

「そっか」


 ゆっくりと歩いて、横を通り抜けて行く自転車には目もくれないまま、足元へ向けていた視線を島崎くんの方へと向けると、前を向く島崎くんの横顔が目に映った。陽に照らされる彼の額からは一滴の汗が流れ落ち、それは顎を伝って地面へと落ちて行く。私たちの影は重なり、横へ伸びていた。

 学校から二十分ほど歩き、目測十メートルほどの橋に差し掛かると、私たちは道を違えてそれぞれの家路へとついた。


 家に帰り、置いていった携帯を開いても、そこにすみれからの着信はない。メールすらも届いていない状況で、私は心に妙なざわつきを覚えながら、ベッドに横たわる。すみれの家に行こうかと、そう考えては立ち止まり、逡巡した挙句に私はひとまず用意されていたお弁当を食べようと立ち上がった。


 昼食を食べた後も、私は何も変わらなかった。未だ迷いのある心を抱えたまま、私はずっと部屋に止まっていた。

 あの日すみれがとった行動、そこになんの意味があったのか、私は確かめるように一度自身の唇に触れる。彼女の行動に伴う気持ちは、いわゆる恋だったのか。私はちゃんと、彼女に気持ちを伝えた方がよかったのかもしれない。あんな風に逃げ出したら、私はまるですみれを拒絶しているみたいで、それがようやくわかった時、胸が苦しくなった。なんとなく、すみれが遠くなる感覚を抱いて、それは焦燥感をも抱かせた。


 学校から帰って二時間が経過した頃、私はようやくすみれの家へ行くことを決意して、着たままの制服を着替え始めた。


 家を出て、止めてある自転車をまたぐ。持つものなんてなかった。急ぐこともせず、私はゆっくりと自転車を走らせて、すみれの家に続く道を進んでいった。

 すみれの家の前に到着して、私は家の呼び鈴を鳴らした。数秒ののちに、そこから聞こえて着たのは、すみれではない。彼女の母親の声だった。モニターで私の顔を確認したのであろう彼女は、「ちょっと待ってね」と一言こぼしてすぐに玄関から姿を表した。


「久しぶり、香澄ちゃん。申し訳ないけど、すみれはまだ帰って来てないのよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 それだけ聞けば、十分だった。学校に行くふりをして休んだんだと、それをなんとなく察した私は、一声かけてすぐに自転車を漕ぎ出した。そうして近くの公園まで行くと、私はポケットに入っていた携帯を取り出してすみれにメールを送信した。


『どこにいる?』


 短い文章を送ると、私は家に向かって自転車を漕ぎ出した。一度メールを送ってしまえば、案外心はあっさりとしていて、繋がれた鎖が解かれたような感覚を覚えながら、私は家へ帰って行く。

 どこにいるかなんてわからない。探すあてもない。ただ、行動を起こしたことで、私はどこかで吹っ切れたみたいだった。あとは連絡を待ってすみれから話を聞くだけだと、そう自分に言い聞かせて、私は心を落ち着かせた。


 ——その日、すみれからの返信はなかった。

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