Side-B
2014年 7月20日
初めてキスをした。そこに特別な気持ちがあったかと言われれば、別にそういうわけでもなく、どちらかといえば興味本位での行為だったけれど、初めてのそれは、すごく新鮮なものだった。
島崎くんの唇は僅かに乾燥していて、触れる指先からは、僅かな震えを感じ取ることができた。あまり感情を表に出さない子だけれど、そんな島崎くんでも流石に緊張していたみたいだった。
「どうだった?」
数秒の口づけのあとで、私は島崎くんにそう尋ねた。彼は目を伏せて、垂れ下がった前髪が深い影となっていた。あまり表情を読み取ることはできなかったけれど、多分恥ずかしがっていたんだと思う。島崎くんは、ゆっくりと右手を口元に当てがうと、そのまま返事をしてくれた。
「なんか、変な感じ」
「わかるかも」
同調するように笑みを浮かべて返事をした時、後ろから声がかけられる。振り返ってみると、そこには和也くんと夏目ちゃんがいた。見られたかもしれないという焦りと、そこにいるはずのすみれがいないことへの疑問が同時に浮かんで、私は最初にこう尋ねた。
「すみれはどうしたの?」
「電話しなきゃって言ってた」
「じゃあ、戻ってくるまで一緒に座ってよっか?」
別段気にすることもなく私が提案をすると、和也くんと夏目ちゃんは声を揃えて返事をした。けれどそれが嘘だったとわかった頃には、とうに花火の打ち上げが始まっていて、夜空を彩る花火の下で私は、せわしなく携帯を気にしていた。
それが鳴ることもなければ、それを鳴らすこともない。いつの間にかすみれを傷つけていたのかもしれないという僅かな不安が、焦燥感となって私を襲った。
「何か、急用ができたんだよ、多分」
「それなら、いいんだけど……」
俯く私の手を掴み、安堵させようとする島崎くんは、そっと笑みを浮かべる。その笑顔に私も愛想笑いを浮かべて、彼に誘われるがままに空へ視線を戻した。鳴り止まない花火の音が、幾度となく私の焦燥感を煽ったけれど、それでも私は帰ったのであろうすみれを追うことができなかった。追う勇気がなかった。
いつまでも焦燥感に掻き立てられていたわけではない。花火を見ているうちにそれは徐々に消えていったけれど、既に夏休みに入っていることもあり、私は今後どうやってすみれと付き合って行けばいいのかがわからなくなっていくような感じがした。
「帰ろうか」
「うん」
花火も全てが打ち上がったころ、私は島崎くんの言葉に頷いて立ち上がる。隣に座っていた夏目ちゃんの手を握ると、彼女は無垢な笑みを浮かべてくれた。
四人で夜道を歩いているとき、中学生ながらも家族ってこういう感じなのかなという感覚を抱いた。バカバカしいけれど、その空気感に憧れる自分が確かにいて、それは自分自身を否定することにはなるかもしれないけれど、これが一番無難な道なのかもしれないと、そう思った。
「それじゃあ、また何かあったら連絡して」
「うん。今日はありがとう」
別れ際、礼を言って私は一人になる。花火の余韻が未だ胸を揺さぶる中で、下駄の音と虫の声が心地良く響き、頭上に浮かぶ下弦の月は雲に隠れてぼんやりと映っていた。
巾着から取り出した携帯に着信はなく、すみれ宛のメールを数文字か打ち込んでは消してを繰り返し、そうしているうちに家に到着してしまうと、私は諦めた様子でため息を吐いた。
キスをしたときのあの感覚が蘇って、本来の自分がわからなくなるような、そんな感覚を抱いた。周りに合わせていたせいなのか、あるいはもともと私自身の気の迷いだったのか、それが私にはわからなくて、だからこそ、怖くなった。
玄関の扉を開けるのを、一瞬ためらいはしたけれど、結局私は、いつも通りの自分を取り繕って家に入ると、家族に祭りの話を適当にして一日を過ごした。やってみればどうってことのないことだけれど、本当の自分を知っているのが自分だけなんだという孤独感は、少しだけ強まったような気がした。
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