第25話 大嫌いだけど
もはや夢なのか現実なのかすらわからない。
月明かりだけが差し込む深夜の寝室で、黒瀬さんが声を殺して泣いている。
俺はその横顔を見つめながら、以前にもこんなことがあったな、と思い出していた。
泣きたいのはいつだってこっちの方なのに、いつも黒瀬さんが先に泣くから、俺は自分の感情を押し殺すしかないのだ。
「……そろそろ泣き止んでくださいよ。俺、ここにいますから」
「どういう意味、それ」
「だから、ここで寝ますって。黒瀬さんと一緒に」
「そんなの当然だろ。特別なことみたいに言うなよ」
素直にありがとうと言えばいいのに、本当にこの大人は外道だな、と憎らしい気持ちになる。
それでも嫌いになれないのだから、俺もたいがい狂っている。
いったいどうしたというのだろう。この人の情緒不安定はいつものことだが、今回は原因を考えても全く思い浮かばなかった。
ことを終え、服を身につけているときまでは、いつもの軽薄な黒瀬さんだったはずだ。
しかし、シャツのボタンを留める段になって、突然泣き出してしまった。
「ていうか、どうして泣いてるんですか」
「言ってもわからないよ、リュウ君には。そもそも、わかりたくもないって自分で言ってただろ」
「まあ、そうですけど」
やっぱりこれは夢なのだろう。行為のあとの気だるい身体と、漂う眠気と、深夜の冷たくて静かな空気は、夢だと言われても納得できそうなくらい現実味がなかった。
「……だから」
「え?」
「好き、だからだよ」
「……ああ」
「でもね、俺がどんなに好きだと思っても、愛しても、その気持ちが本人に届かなければ意味がないんだ」
ああ、レイコのことを言っているのだな、と理解し、全身の力が抜けた。
こんなのもう慣れっこだ。いちいち傷ついたりしない。
でも自分のために、朝が来たら俺はやっぱりこの家を出よう、と、重い頭を抱えて決意した。
「リュウ君」
「はい?」
「手、繋いでよ」
「え?」
「え? じゃない。俺の安眠のためだろ」
しょうがないな、とため息をつきながら右手を差し出すと、黒瀬さんは冷たい指先をそっと絡めて来た。
愛おしい、と無条件に思ってから、自己嫌悪に襲われる。
俺は、きっと今夜眠れないだろうと思った。
黒瀬さんとのこれまでの生活を思い出し、それは苦しいときのほうが多かったはずなのに、それでも離れがたくて、夜通し声を殺して泣くだろう。
不毛な恋愛なんてするもんじゃない。
そうわかっていながら、黒瀬アキラという人間を、俺は一生忘れることなんかできないと思った。
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