第26話 白昼夢に溶ける



翌朝、俺は、紅茶のにおいで目が覚めた。





気だるさと戦いつつ、重い目蓋を押し上げる。

窓から差し込む光がまぶしくて、視界が一瞬だけ白くぼやけた。

大きく伸びをすると、あくびが自然と口をついて出た。



「ふわぁ……」



そのまま寝返りを打って壁の時計を見ると、もう12時を過ぎた頃だ。

予想通り朝方までは起きていたものの、そのあと眠ってしまったらしい。我ながらタフな精神をしている。



休日とはいえ、思ったよりも長く寝てしまった。

まああんなに体力を使ったら無理もないか、と、納得する。



そこまで考えたところで、ふと黒瀬さんの姿を探してみる。が、やはり俺はベッドに独りきりだった。

隣はもぬけの殻で、そこにはもうわずかなぬくもりさえもない。

もとから期待なんてしていなかったが、抱き合っているときに感じた体温さえも夢のようで、なんだか少しだけ寂しかった。



「ま、いーんだけど……」



小さく呟いて上体を起こす。

抱き合って眠りについた次の朝、あの人が隣にいたことなんて一度もない。

目覚めると俺はいつも孤独で、そのたび黒瀬さんとの距離を思い知らされるような気さえした。

今だってそうだ。もう慣れたとはいえ、寂しいことに変わりはなかった。



心の隙間を埋め合わせるだけの関係に、初めは不満も感じていなかったはずだ。都合のいいときだけ体温を共有できる居場所。

俺も、それに満足していたはず。

なのに、なぜだろう?

俺の中に、あの汚れた大人に対する確かな愛情が生まれてしまったせいだろうか。

……とにかく今では、肌を重ねるたびに、虚しさは大きくなる一方だ。



とりあえず用意されていた服を着て、まだまどろみの中にあるような頭を抱え、紅茶のにおいに誘われるように部屋を出た。







リビングへ行くと案の定、窓際のデスクに黒瀬さんはいた。

パソコンに向かう顔は真剣そのもので、俺が起きてきたことにも気づいていないらしい。



なんだかんだと言っても、仕事中は集中しているのだ。



「……おはようございます」



そう呟くと、たった今気づいた様子で顔を上げた。俺の姿を見て、ふわりと笑う。



「あ、リュウくん。やっと起きた」



その笑顔に、胸がきゅっとなるのを感じる。この笑顔がどこまで本物かはわからないと言うのに。



俺はとりあえずムスッとしたまま、一言だけ呟いた。



「……痛いんですけど」

「痛い?どこが?」

「体中、全部。……まったく、誰のせいだと思ってんですか」

「誰のせい? ハハ、わかんないなあ。あ、テーブルの上に君のカップ出してあるから、紅茶でも飲んで暇潰してたら?」



俺は自分で言うのもなんだが、どちらかというと割り切れる側の人間だと思っている。

しかし一度愛が芽生えてしまってからは、人間というのはどうしても欲深い生き物で。

この男に愛されたいとか、俺が一番じゃないならいっそのこと死んで欲しいとか、殺して欲しいだとか、相反することを毎日願ってしまう。



こんなあいまいな関係を続けて、もうどれくらい経つんだろう。

今日こそ不満をぶつけてやろうと思っていても、いざ向き合うとそんなことどうでもよくなってしまう自分が憎い。

好きだから何でも許してしまう。

しかし、こんな片思いもそろそろ潮時だろう。



だから、今日こそは。



俺は、持てる限りの勇気をふりしぼって、重々しく切り出す。はぐらかされてしまわないように。好きだからこそ、彼に正しく伝わるように。



「黒瀬さん」

「ん?」

「もう、終わりにしましょう」

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