第20話 さよなら
「……なにしてるの」
家中を掃除してまわり、やたらと物を運んでいるリュウくんを黙ってみていたものの、ついに口に出した。ドタバタと音を立てて不機嫌さをアピールしている彼は、相変わらず懐かない猫みたいで可愛い。けれど、こう騒がしくされたのでは、それどころではない。
俺の問いかけに、睨むような顔でリュウくんはきっぱりと言った。
「俺、引っ越すんで」
「へえ、どこに?」
「黒瀬さんの部屋から、一番遠い部屋に」
どう言う意味だ?と思ったが、一瞬あとに理解する。どうやらこれは、家庭内別居の宣言らしい。
「そうか。でもリュウくん、奥の部屋は物置になってるんだよ」
「だからこうして、いろいろ片付けてるんじゃないですか!」
「ふうん。まあいいけど。頑張ってね」
ニヤニヤしている俺の顔に唾でも吐きかけたいと思っているのだろう。実行する代わりに大きく舌打ちをして、リュウくんは再び片付けに戻った。休暇を終えてからというもの、ずっとこの調子だ。可愛いけれど腹も立つ。ついには俺のことをあからさまに避けようとしているらしい、その事実に。
「物置に置きっぱなしになってるソファ、俺が使ってもいいですよね?」
「まあ、いいけど。どうしてソファがいるの?」
「そっちで寝るからですよ」
「へえ、寝室を別にしようっていうのか」
「なんか文句あります?」
大ありだ。リュウくんがこの家に来てから、俺たちは毎晩欠かさず抱き合って眠りについてきた。俺が頭を撫でると、昼間は不機嫌な野良猫のようなリュウくんが、夜はおとなしくすり寄ってくる。あれは恋人の肩書を持った俺たちにとって、かけがえのない時間じゃなかったのか?
「……別にないよ。好きにしたらいい」
大人の余裕を見せなければ、と思って、笑顔を貼り付けたまま口にしたら、硬い声が出た。些細な変化に気づいたのかどうか、リュウくんは鼻を鳴らし、また自分の部屋づくりに勤しんでいる。
家出もできないリュウくんが愛おしい。そんなことをしたら、あっさりと俺に捨てられ、もう二度と戻ることはできないと理解しているのだろう。
その理解は誤解かもしれないのにね。
俺は黙ってリビングの椅子に座り、ぼんやりしながら人差し指を噛んだ。
◆
「じゃあおやすみなさい」
予想以上に冷たい声が出た。自分で怯むものの、別に黒瀬さん相手なんだからいいじゃないか、と思い直す。こんなひどい大人は、ひとりぼっちで寂しく眠ればいいのだ。
「うん、おやすみ」
冷ややかな笑みで返され、悔しくなる。俺はどすどすと大きな足音を立てながら、ひとりきりで、新しい自室に引っ込んだ。
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