第19話 好きな人の好きな人


休暇をもらったって、別に行きたいところなんかない。俺は都心のネットカフェに二泊して、街をあてもなくぶらぶらと彷徨っていた。



何度か昔の知り合いに見つかって声をかけられることもあったが、軽く話すだけでなんとなくやり過ごした。もうSに戻る気はないのだから当然だ。



ひとりになり、ガードレールにもたれ、冷たい空を見上げてため息をつく。Sに戻らないからと言って、いつまでこうやって黒瀬さんのところにいられるのかはわからない。すべてはあの人の気分次第であるし、自分の方が耐えられなくなる可能性も大いにあった。



真実の愛が無償の愛のことを指すなら、俺の黒瀬さんへの感情はしょせん偽物だ。表面だけはなんとか美しく飾り立てているものの、その中身は執着や嫉妬にまみれた独占欲でしかない。そんな、まるで綺麗とは言い難いものを振りかざして、自分が相手に傾けている気持ちと同じだけの気持ちを常に求め続けている。俺は愚かで浅ましい。



その点、黒瀬さんのレイコへの愛は、ある意味では本物なのかもしれない。彼はおそらく妹の前ではいい兄を演じているのだろうという予想がつく。



きっと、自分の気持ちを打ち明けて妹を困らせたり、不快にさせたりしないように、細心の注意を払って生きてきたのだ。それが無償の愛じゃなくてなんだと言うのだろう。自分のことは二の次に、離れたところから相手の幸せを願えることこそが、かけがえのない愛ではないのか。



……俺はクソガキだ。



大人になりたい。感情をコントロールできる、好きな人の幸せを願える、大人に。



そう思って顔を背けたところで、通りの向こうに、黒瀬さんを見つけてしまった。



「……!」



なんでこんなところに、と思った瞬間、今度はとなりを歩く女性に釘付けになった。細身で色白、背は高いが黒瀬さんよりは小さく、想像よりははつらつとしていて、明るくて元気な女性に見えた。



あれがレイコ……?



それまで僕の想像上の生き物だったはずのクロセレイコが、その瞬間、実態を伴って脳裏に焼きついた。年齢は俺と同じか少し上くらいかもしれない。なんて可愛らしい女性なんだろう、と思った。黒瀬さんと顔を近づけ何事か言葉を交わし、屈託なく笑っている。その顔にはどことなく兄の面影があった。



僕はくるりと背を向けると、どこへともなく歩き出した。これ以上見ていられないと思ったからだ。レイコを、ではない。その隣で、僕が見たこともないほど朗らかな笑みを浮かべ、愛おしそうに妹を見つめる黒瀬さんのことを。



真実の愛を前に、俺は、負けを認めるほかないと思った。


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