第12話 レイニー

「ねぇリュウくん」

「なんすか?」

「人を愛するってどういうことだと思う?」

「、わかりません」

「俺の愛は、少しおかしいのかもしれない」


少しどころじゃない。

黒瀬さんは歪んでいる。





―夜、雨が降っている。


その日の東京は全体的に雨空で、夜になってもなかなか止む気配を見せない。

朝から降り続く雨も、傘をさしているのにも関わらず少しずつしめっていくパーカーも、俺をよりいっそう憂鬱な気分にさせた。


ただでさえこんな日に外出するのは億劫だったのに、あの人ときたら本当にわがままだ。

理由も話さずに「早く帰って来て」と。

それだけ言って電話を切られても、囲ってもらっている立場の俺には拒否権など当然なく。

こうして用事を切り上げ、マンションに向かって歩いているに至る。



パシャパシャ、パシャパシャと雨音が響く。浸水してしまった靴の中が心地悪い。

やっとの思いで見慣れたマンションの前まで来たとき。この雨の中、傘もささずにしゃがみこんでいる人影を見つけた。



「…?」



足を止めた。

影は、道路端の段差に腰をかけて、抱えた膝に顔をうずめるようにしている。

外灯の下にぼんやりと照らし出されるそれは、闇に溶けてしまいそうな、黒。



「…黒瀬さん?」



不審なことこの上ない。俺はおそるおそる尋ねてみた。

人を呼び戻しておいて、こんな時間に何をしているんだ?


返事がないのでさらに言い募ろうとしたそのとき、ちょうど影が顔を上げる。

しかしその闇の中でも輝く薄茶色の瞳と目が合った瞬間、俺はそこから先の言葉を飲み込まざるを得なかった。

なぜなら黒瀬さんは―泣いていたから。



「ちょ…どうしたんですか?」



俺との距離はおよそ1.5メートル。

この事態をどうするべきか、頭の中は、あまりの驚きで真っ白だった。

泣いているのだ。よりにもよって、この男が。

こんな雨の中でも、頬を伝うそれが涙だとはっきりわかるくらいに。

顔をゆがめて、それはそれは悲しい顔で、唇を噛みしめているのだ。


出会った頃こそこの人に愛してもらいたいなんて無謀な夢を抱いたこともあったが、今では優しい大人の皮を被った悪魔だとすら思っているのに。


あまりのことに、そんな考えはすべてどこかに飛んで行ってしまった。

そんな俺の心中を知ってか知らずか、黒瀬さんはようやく口を開く。



「…ねえ、リュウくん」



かすれた声は、雨音にかき消されてしまいそうで。

俺は一言も聞き漏らすまいと、真剣にその囁きを聞いた。



「神様は不公平だ。俺がいくら愛しても、俺が愛している人は、俺のことを愛してはくれないんだから」

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