第6話 依存しよう。
風呂から上がったあとは、リビングで様々な話をした。
黒瀬さんは核心を突く質問をいっさいしてこないわりには、俺のことをなんでも知っているようだ。
俺がろくに学校に行っていないことも、親とはほとんど関わっていないことも。
この分だと、あえて聞いてこないだけで
【S】のことや俺の過去のことはすべてばれてしまっているような気もする。
「どうして俺のこと、もっといろいろ聞かないんですか?」
なんでも見透かすような軽薄な視線に耐えかねて、ついに俺は自分から切り出した。しかしそれさえも、堂々たるあいまいな答えではぐらかされてしまう。
「どうして?俺は黒瀬アキラで、君は天田リュウだ。俺は君を愛すると言い、君は俺に愛されたいと言った。それ以上なにか必要がある?」
「…ないです」
「そうだよね。俺が君の素性や過去を一切聞かないのは、俺たちの関係にはそんなもの必要ないからさ」
つまり、上辺だけの関係なのだと言いたいのだろうか。
だから内面については知らなくてもいいと、そう言いたいのだろうか?
「言葉にも時間にも、本来重さなんてないから。人間がそこに勝手な価値を見出そうとするだけで、本当に大切なのは、現実と結果とその証拠だよ」
よくわからない理屈にまるめこまれて、俺はつい頷いたりなんかしてしまった。
黒瀬さんはそれを見ると嬉しそうにほほ笑み、俺の頭を撫でる。
とても理屈っぽい人だ。
しかもその思考は、おそらくかなりひねくれている。
「それじゃあリュウくん、今日はもう寝ようか」
「はい……えっ?」
「いや、疲れてるみたいだしさ。お互いのことは、暮らしていくうちに少しずつ
知っていけばいいよ」
「…わかりました」
「それじゃあ、ベッドに行こう?」
「は、はい」
そして促されるまま連れて行かれた寝室には、大きなベッドがひとつ。初めて見る大きさなので、キングサイズ、というやつなのかもしれない。
果たしてここにふたりで眠る、ということなのだろうが。
…不健全だ。
大人の男性にふたつ返事で拾われた自分が、今更なにを言っているのだろう。
そうは思うものの、やはりこれは…。
「リュウくん、やっぱり緊張してる?」
「え、いや…えっと」
「安心して、まだ手は出さないよ。恋人を大切にするのは当然だからね」
そういうと黒瀬さんは俺の手を取り、優しい仕草でベッドまで連れて行く。
心臓がおかしいほどドキドキしていた。
”まだ”というのが引っかかりはするものの、とりあえず今は黒瀬さんの言葉を信じてみることにする。
その夜、俺は久しぶりに誰かのぬくもりを感じながら眠りについた。
街で会ったあの時に触れた手は死体のように冷たかったのに、今俺のことを抱きしめる体は不思議ととても暖かい。
涙が出そうなくらい幸せだった。
悲しいくらいの愛を感じた。
傍からみれば、俺たちの間柄はとても愛なんて呼べるような美しいものではないかもしれない。
でも、それでも。
―嘘でも見せかけでもなんでもいいから、打算だらけのこの関係を、俺は愛と呼びたかった。
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