第2話 あの日の罠

「…え?」



荒んだ日常に光が差し込んだと、このとき俺は確かに感じた。

今になって思えば、この人は光とは最もかけ離れた存在だったのだが——

それでも甘い言葉に耳を傾けたが最後、俺は、もはや彼の怪しい魔法にかけられていたのだ。

薄くほほ笑んだ口元は囁く。

俺の求めていた、やさしい言葉を——。



「天田リュウくん。俺が、居場所を与えてあげるよ。そんな刺青なんかなくたって、俺が君を心から愛してあげよう」



そして、軽やかに差し出された右手。

目の前で起きていることが理解できず、彼の言葉だけがぐるぐると頭の中を巡る。



『俺が君を心から愛してあげよう。』



ただ同じ刺青を掲げた仲間とともに喧嘩にあけくれていたあの頃の俺は、悪意のある闇を光と見間違えてしまうほど、心身ともにまともじゃなかったのかもしれない。

次の瞬間に自らの口をついて出た言葉が、すべてを物語っていた。



「俺を…愛して、くれるんですか」



俺は確かに、他人からの愛を渇望していた。

【S】として多くの仲間たちとつるんでも、孤独感だけは満たされることがなかった。

愛が欲しい。愛されたい。

俺をこんな日常から助け出してくれる人がいるなら。



十字架を捨てて、この右手をとれば。

俺は、愛してもらうことができるのだろうか―。



とにかく俺の言葉を聞いて、黒瀬アキラはさも満足そうに笑った。

その笑顔が、今も忘れられない。

そして、彼は俺を見つめて深くうなずいた。



「俺が、孤独な君を拾ってあげる。愛してあげる。…もう何も寂しいことはないよ」



薄茶色の瞳は俺の目を貫いて、さらにその向こうに何かを見ているような気がする。

しかし、もう迷いもしなかった。

俺は左手首の十字架を無造作に引っ掻くと、彼の右手をとって——



握ったその手は、とても冷たかった。


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