不運の暗殺者

「何が起きた!」


部屋の中には倒れている男とそれを涼しい顔で押さえつけているルルカ、そしてそれを驚きの表情を浮かべて見ているライラがいた。


「あ、レント。どうしたの?」


「こっちが聞きたいんだよそれは!何があった!」


「えーっとね、トイレ行き終わった後、話が終わるにはまだ早いかなーと思って時間潰しに屋敷の中をぶらぶらしてたんだけど」


「だから遅かったのか…まあこの際それはいいや。それで?」


「この部屋の前にこいつがいて、しかも明らかに怪しかったから取り押さえた」


「怪しかったって…勘違いって事はないのか?」


「ないと思うわよ。この部屋に入った瞬間、魔法使おうとしてたし」


「なるほどな。こいつの顔に見覚えはありますか?」


セドリックとハインツにそう問いかける。


「知ってるも何も、彼はうちの使用人ですよ!」


「確か最近入ってきた奴ですね」


男の顔を確認した二人は驚きを隠せないでいる。


「は、離せ!誤解だ!」


床に押さえつけられている男がそう叫ぶ。確かに今まで屋敷で見た人たちと同じ制服を着ている。


「誤解も何も無いわよ。じゃあ聞くけどあんたはなんでこの部屋にはいってきたわけ?」


「そ、それは、ライラ様に用事が…」


「らしいけどあなたはどう思う?」


「え、いやっ、その」


部屋の隅でこの光景を見ていた今回の護衛対象であるライラは、突然ルルカから話を振られて困惑する。


「少なくとも私からの用事はないです。会ったことも無いですし…」


「ほら、この子はこう言ってるわよ」


自信なさげに答えるライラを指して男を問い詰める。


「ち、違う!他の人から頼まれて…そう!伝言だ!」


「ハァ、もういいわよ」


「ヒッ!」


直後、男の隣で床が音を立てて爆発した。正確にはルルカが床を殴りつけた。


床にめり込むルルカの拳と派手な音とによって男が悲鳴を上げる。


「早くホントの事を話すか、それともあんたがこの床になるか。どっちでもいいわ、選びなさい」


男の顔面に拳を突き出しそう迫る。


「…分かった。話す」


「ちなみにこの屋敷にはお前の話の真偽を見極める魔法を使えるやつもいるからな。嘘言ったらただじゃおかねえぞ」


観念したように力なく呟いた男にハインツは容赦なく追い討ちをかけた。


「ルカ、よくやってくれたな。お手柄だ。まあそれはそうとして、人の家の床を簡単に壊すんじゃない」


「そ、それは必要経費って事で…」


この後フレイス家の使用人たちは、謝り倒す男とその男になぜか感謝の言葉を述べる家主、そしてそれを人ごとのように見ている女という奇妙な光景を目撃したという。


―――――――――――――――――


その後フレイスとレントは別室で男の尋問、ルルカはライラの部屋に残り(なぜか分からないがライラからの強い要望)話をすることとなった。


「二週間前に使用人としてこの屋敷に使用人として雇われたカール、で間違いないな」


「ああそうだ」


カール・セロイ。短く刈った金髪によく見るとチンピラ風の目つき。使用人の制服を着ているためそれっぽくなっているが、確かに裏の人間に見えなくもない。


「で、だ。お前が今回ライラ様を襲おうとした理由は?」


フレイスは単刀直入にそう切り込む。


「個人的な恨みはねえよ。雇われただけだ」


「お前を雇ったのは誰だ」


「暗殺だのなんだの裏の仕事を請負ってる仲介業者だよ。そっからこの家の娘を暗殺しろと。そいつらの上は知らねえよ」


「えらく簡単に喋るんだな」


「チッ、命には代えられねえよ。これでも俺は相当腕が立つ方なんだぞ。それをああも簡単に押さえつけやがったあの女は何もんなんだよ…」


「なんだお前、『ユレンの猛獣』を知らんのか」


「ユレンの猛獣?お、おいまさかそれって…本物なのか!?」


「ああ、そうだよな?『猛獣使い』」


そう言いハインツはレントの方へ視線を送る。


「ハインツさん、知ってたんですか」


「まあな。俺もこういう仕事をやってんだ。お前らの事を聞いた時からもしかしたらと思ってたんだがな」


『ユレンの猛獣』はルルカのことで、その相棒であるレントが『猛獣使い』だ。


ユレンはかつてレントやルルカが所属していた冒険者集団が拠点を置いていた場所だ。諸事情があり今はそこを離れているが、そこでルルカが残した莫大な功績からそんな二つ名がつけられた。


「話が逸れたな。それでカール、お前が依頼を受けたっていうその仲介業者はどこにいる?」


「王都の南端になんか治安が悪いとこあるだろ。ゴロツキ共が集まってるとこだ。その一角だよ」


「本当だろうな」


「今更嘘いわねえよ」


カールは完全に諦めきった様子だ。


「大丈夫ですよ。こいつが言っていることは本当です」


まだ疑いを捨て切れていないハインツにレントは言う。


「何か確信があるのか?」


「確信と言いますか…見れば分かるんですよね、人が言ってることが本当かどうかとか」


「?…それはそういう魔法を使えるってことか」


「魔法、なのかは俺もよくわからないんですがね。ただ分かるのは話の真偽だけじゃないですよ。例えばカール、お前は水系統の魔法の使い手だな?」


「なんでそれを!てめえの前で魔法を使った覚えはねえぞ!」


「ちなみに魔力の総量はかなり多いな。なんでこんな仕事やってんだ?」


「うるせえよ。こっちにもいろいろあんだ」


そう言ってカールは視線をわずかに落とした。


レントの見立てではカールの実力は本人の言う通りかなりのものだ。こんな仕事をせざるを得ない事情でもあったのだろう。だがこんな事をした以上、同情する気は一切なかった。


「すごいな、そこまで分かるのか。それなら俺がどんな魔法を使うのかももうわかってるのか?」


「はい、まあ。今はこいつがいるので言わないでおきましょう」


「ハハハッ!確かにな!よし、カール。お前を憲兵団に突き出せばそれでお待ちが死罪になって終わりなわけだが、その後憲兵団が動いてくれないこの状況じゃそれをしてもしょうがない。生かしておいてやるかわりにその仲介業者とやらのとこまで案内しろ」


「チッ、仕方がねえ。わかったよ」


「レント、ルルカを呼んでくれ。すぐにでも連中の所に行く計画を立てる。大元の依頼主を聞き出してやる」


「了解です」


屋敷に来て一日目にして事態は大きく動こうとしていた。

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