後半戦

林田:GM

坂口絵里奈(私):チナツ

六条:サナエ

二岡:マサキ先生

吉野加奈:エリコ

夏川:ユウト


 前半戦と後半戦の合間の休憩時間に入り、私と加奈はお店の喫茶店スペースのほうに移動していた。

「はあ、疲れた」と、私の心からの感想が口から漏れた。

「なにそのバイト終わりのおばちゃんみたいな発言は」と加奈。「まあでもあの六条さんって人、さすがにちょっとウザいよね」

「ええっ!? そんなこと言っちゃっていいの?」

「だってしょうがないじゃん。本当なんだから」

 私はヒヤヒヤして周囲を見回した。大丈夫、六条さんの姿は見えない。

 店内のカウンターの奥では、穏やかで優しい印象の美人な女性が働いている。なんだろう、まだ私たちにはない大人の余裕の雰囲気を醸し出している。彼女の恋人か旦那さんは、きっと幸せ者だろう。

「絵里奈はさ、誰が犯人かわかった?」

「私? ううん、全然」

「じゃあもし私が犯人だったらどうする?」

「どうするって、ゲームの中の話でしょう?」

「まあそうなんだけどね」

 そう言って加奈は顔を横に向けた。なんだろうその意味深な発言は。


「では、これから後半戦をスタートします。犯人を探しながら、サブミッションも攻略していってくださいね」

 GMの林田さんの宣言で後半戦が始まった。

「マサキ先生、ちょっといい?」始まっていきなりサナエが口火を切った。「二人だけで話したいことがあるんだけど」

 マーダーミステリーでは、プレイヤー二人きりで会話を行う密談システムというものがあるようだ。他の人には知られたくない情報を共有したり、握っている情報を使って相手に脅しをかけたりできる。こわっ。

 サナエとマサキ先生がテーブルから離れて、二人で密談を始めた。一体何を話しているのだろう?

 テーブルを囲う人数が減って、手持ち無沙汰になっていると、私は正面から視線を感じた。

 顔を上げると、こちらをまじまじと見つめているユウトと目が合った。

 えっ、なに、その視線?

 私は恥ずかしくてすぐに視線を逸らした。すると今度は周りを観察していた林田さんと目が合ってしまい、さらに気まずくなる。お得意のコミュ障が出てきてしまった。

 サナエとマサキ先生がテーブルに戻ってきた。思うように事が運んだのか、サナエは満足気な表情を浮かべている。

「情報、見ます」

 とエリコが宣言して、チップを払い一枚の情報カードを手にした。

 彼女はしばらくカードを眺めてから、情報公開スペースにカードを置いた。みんなで一斉にそのカードを見る。

 やはり情報は写真だ。マサキ先生が運転する車の助手席に被害者のミチルが乗っている写真。二人とも楽しそうな笑みを浮かべている。

「マサキ先生、これはどういうことですか?」とエリコが問い詰める。

「え? えっと、これは……」

「自分のクラスの生徒と楽しそうなドライブですね。もしかして家にも連れていったりしたのかしら?」

「ど、どうだったかな」

 マサキ先生は明らかに動揺している。怪しい。というかそんな先生嫌だ。

「この写真、先生と一生徒というだけでは説明できない関係性ですよね。そこからいろいろもつれ話でもあったのかもしれないですね」

「それで、殺ったのか?」マサキが訊く。

「そ、そんなわけないだろう。僕は何もしていない」

 確かにマサキ先生はちょっと怪しい。でもたぶん、この情報だけでは不十分だ。もっと決定的な証拠はないだろうか?

「私も情報見ます」

 と私は宣言して、チップを払いカードを見た。

 そこには教室でマサキ先生とミチルが楽しそうに談笑し、その後ろで恨めしそうな表情を浮かべているサナエの写真があった。

 この写真から推測するに、サナエは嫉妬していた? でもどっちに? 親友のミチルを取られたこと? それともサナエはマサキ先生に恋心を抱いていた?

 考え込んでいた私だが、ふとみんなからの視線に気づいた。あ、そうか、私がこの情報を公開するかどうかを待っているのか。

「えっと、これは、公開しないことにします」

「え、なんで?」サナエがすかさず訊く。

「なんていうか、そのほうがいい気がして」

「怪しい」

 そう、情報を公開しないことは、怪しまれる要素になる。でも私はそれでも非公開の判断をした。

「さて、ちょっといいかな」とユウト。「チナツと二人で話がしたいんだ」

「えっ、私?」私は突然のことに驚いた。

「向こう行って話そう」

 私はユウトと密談をすることになった。

 みんなと離れた場所で、ユウトと二人きり。

 やばい、めちゃめちゃ緊張する。犯人とかキャラクターどうとかじゃなくて、普通に二人きりで喋ることに。

「あのさ」

「は、ははははい!」

 どもって上擦った私の様子に、ユウトが目を丸くする。

「俺はべつにチナツが犯人だって疑ってるわけじゃないよ」

「そ、そうですか。それはよかった」私はちっともよくなかったけど。

「チナツに訊きたいことがあるんだ」

「あ、さっき見た情報ですか?」

「いや、それじゃなくて……」

 ユウトはなんとなく歯切れが悪い。訊きたいこととは一体何だろうか?

「チナツはどんな映画が好き?」

「映画? なんですか急に。どちらかというと明るい話が好きですけど」

「今度さ、俺と一緒に映画でも観に行かない?」

 え、なんだって!? 私は耳を疑った。これはもしかしなくても、

 デートの誘い!?

「いやいやいやいや、そんなそんなそんなそんな」

 慌てふためいた私は意味のわからない言葉を連呼した。心臓がドッキンドッキンだ。

 そんな私の様子を見たユウトが、苦笑いをする。

 ん、ちょっと待て私。冷静になれ。

 そうか、これはゲームの中の話なのか。ユウトを演じている夏川さんが本当にデートに誘ってきたわけじゃない。きっとユウトのサブミッションに関わっている出来事なのだろう。それなのに私はあんなに慌てて。余計に恥ずかしいよまったく!

「で、どうなの?」

「あ、そうですね。お気持ちはありがたいのですけれど」

「駄目?」

「うーん、駄目というかなんというか」

 きっと私が了承したら、ユウトのサブミッションが達成されることになると思う。デートに誘うなんて、そんなサブミッションあるのかわからないけど。

「また今度、ということでは駄目ですか?」

「そう。まっ、仕方ないか」

 ユウトはあっさりと諦めた。ユウトというより、夏川さんの人柄だろう。ゲームの勝敗にこだわるよりも、楽しみたいという気持ちが強いようだ。

 みんなのいるテーブルに戻る私。あー、驚いたー。

「お、戻ってきたなチナツっち。今度はあたしと密談しよ」サナエが言った。

 チナツっち? というかまた私?

 私は再び密談場所にサナエと向かう。

「実はさー、あたし誰が犯人か知ってるんだよね」

「えっ?」

 サナエの衝撃的な発言に私は驚いた。

「誰が犯人なんですか?」

「あたしだよ」

「えっ?」

「あたしが犯人。ミチルを殺した張本人。どう、驚いた?」サナエは多額な寄付でもしたかのように堂々と言った。

 そりゃ驚くよ。ていうかそれ言っていいの?

「チナツは信頼できるからさー、黙っててもらいたいんだ」

「そ、それはどうなのかな。でも、本当にサナエが犯人なの?」

「動機はあるよ。あたし、マサキ先生のことが好きなんだ。ミチルとは親友だったけど、ミチルがマサキ先生と仲良くなり出してから、憎むようになって。それで……」

 なるほど。確かに筋は通っているかもしれない。私がさっき見た情報カードにも、二人を羨むサナエの姿が写っていた。

「頼むよー。みんなには内緒で」

 サナエが両手を合わせて懇願してくる。そうか、密談ではこんなこともできるのか。

 私は結論を出せないまま、みんながいるテーブルに戻った。

 それからまたいろいろみんなで議論をして、後半戦が終了した。

 残すは推理タイムと、投票のみ。

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