第6話『困惑と豹変』




 翌朝、ヒナコの姿は既にユウトとの待ち合わせ場所にあった。


 彼女の休日にしては早起きし過ぎてしまった為か、その目は半開き、目尻もとろんと下がっている。


 これからユウトと遊びに行くのを前に、未だ眠気で霞掛かる頭でヒナコが思うのは、昨晩のテツヤとのこと。


 仲直りをすることは出来たが、テツヤの気持ちも、ヒナコ自身の気持ちも、結局は知ることができなかった。


 ヒナコには、自分がテツヤにどうしてほしかったのかさえ分からない。


 しかし、それでもテツヤに対して何かしなくてはいけないような……現状を変えなくてはいけないような……そんな漠然とした焦りや不安も感じている。


 そうして、ヒナコが呆けた頭で悶々と考えていると――。


「よぉ、ヒナコ」


 高校生らしからぬブランド服に身を包んだユウトが、約束の時間に十分遅刻でやって来た。


「あ~、ユウトくんおはよ~」


 眠気の為か、ヒナコが少しぼんやりした様子で挨拶をする。


「おう。つーか、お前、今日は良く寝坊しないでここまで来れたじゃん。昨日俺が遅れないように言い聞かせたから頑張ったってか?」


 自分の遅刻について悪びれる様子もなく、ユウトはいつもよりどこか粗暴な態度でそう笑った。


 ヒナコもそれに気付いたようで、少々気後れしながらもそこに触れる。


「あの、ユウトくん……ちょっと、いつもと、違う……?」


 その言葉をどのように受け取ったのか、ユウトが余裕たっぷりに鼻を鳴らす。


「まぁな――てか、質問に質問で返すなよ」


「あ……うん、ごめんね……えっとね、テツくんに起こしてもらったんだぁ~」


 ヒナコの顔が幸せそうに蕩ける。


 思い出されるのは、またしても昨晩のこと。


 ヒナコが謝りに行った際、逆にテツヤからも謝られ、更には悩みの種だった翌朝の起床のことまで気に掛けてもらい、感極まったヒナコはテツヤに飛び付いた。


 その後は、それまでの緊張感や罪悪感などの反動も手伝って、まるで小さい子供のように甘えてしまった。


 テツヤを思い、ヒナコは胸の奥が温かくなった。


「あ? テツヤに?」


 ユウトの眉間に、深い皺が刻まれた。


「お前さぁ、今後はテツヤにそういうの頼むのやめろ」


 まるで彼氏気取りの物言いだが、ユウトの中では既にヒナコは自分の物という位置付けになっていた。ヒナコから遊びに誘って来たこと、テツヤとの微妙な関係、そして今の自分に絶対の自信を持つユウトは、今日ヒナコをものにできると確信しており、だからこそ、面倒な取り繕いや擬態もやめていた。


「えっと、ユウトくん……?」


 ヒナコは困り顔になって弱ったように首を傾げる。


 その途方に暮れたような弱々しいヒナコの姿に、ユウトは苛立ちも忘れて情欲と嗜虐心を掻き立てられたが、さすがにここでは事に及べない。


「……とりあえず、カラオケか漫画喫茶にでも行くかぁ」


 ユウトのギラついた瞳に、ヒナコは居心地が悪そうに身体を縮こまらせ、その顔に困惑の色を浮かべながらこう言った。


「あれ……今日は、ショッピングモールに行くんじゃ……?」


 ユウトにそう言われていたから、ヒナコも色々と調べて来た。


「あー、そうだっけか?」


 だが、当の言った本人の方は心底面倒臭そうで、お預けを食らった苛立ちを隠そうともしない。


「仕方ねぇな、ちょっと付き合ってやるよ」


 恩着せがましく言って、ユウトは踵を返して歩き出す。もはやヒナコが自分に付いて来ることを疑っていない、付いて来ることが当然であると、振り返る素振りすら見せないその背中が語っていた。


「あ、待ってよ、ユウトくん」


 ヒナコは小走りでユウトを追いかけた。


 そして、歩くこと二十分程。


 二人がやって来たショッピングモールは、この辺りでは一番の遊び場である上に、今日は休日ということもあって混雑していた。


「――んでよ、その時に俺の相手してた女が失神しちまってな」


 予定通りにユウトと遊びに来たヒナコだったが、彼女は早くもユウトの話に疲れ、心ここに非ずといった様子だった。


 だが、それも仕方なし、今日のユウトはとにかく粗野で、その話の内容も下品だた。


 ヒナコは基本的に何をやってものろまで下手糞、聞いた話の内容を理解するのにも時間が掛かるが、それでもユウトがしてくる話が猥談や下ネタの類であることくらいは判断できる。


「おい、聞いてんのかよ?」


 ユウトが苛立ちを隠さずに声を掛けた。


「あ、うん、ごめんね……」


 学校や登下校中には、あれ程ユウトとの会話に楽し気だったヒナコが今日は見る影もない。


「チッ――!」


 プライドを傷付けられたユウトは舌打ちをして、怒りのままに思考を巡らせる。ヒナコを手に入れた後は暫く可愛がってやるつもりだったが、こうなればやりたいことだけやって直ぐに捨ててやろう、と。


 ここまで上手く行っていたことの運びが、ゴール目前で急に停滞してしまったように感じ、ユウトは強い苛立ちを覚えていた。


「あのさぁ、俺行きたいとこあんだけど」


 こうなれば、さっさと済ませてしまおう。


「あ、あの、ごめんね……私も、行きたいところ、あるんだ……」


 ヒナコが恐る恐る肩を竦めながら言い出した。


 ヒナコからすれば、テツヤ以外の同年代の者と出掛けることなど初めてであり、しかも、その相手が自分の所為で不機嫌になっていると思えば、恐いし、萎縮もするというもの。


「チッ――じゃあ、そこ行ってやるから、その後は俺の行きたいとこに絶対に付き合えよな」


 そんなヒナコに対する苛立ちを隠さずに、ユウトが睨み付けながら吐き捨てる。


「う、うん……」


 ヒナコは怯えながら、仄暗い顔で頷いた。



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