第2話『相互協力』




 ヒナコにとって、ユウトははじめての友人と言っても過言ではない。


 幼稚園、小学校、中学校……常に多くの友人が居たテツヤと違い、ヒナコはいつだって彼の付属品のような扱いだった。


 もちろん、ヒナコの優れた容姿に誘われる者も少なからず居たのだが、彼女の独特の感性やのんびりしたテンポについて行けず、しばらくすると皆離れて行った。


 それでも、ヒナコが何ら不都合を感じなかったのは、テツヤが常にヒナコを最優先として気を配り、ヒナコ自身もテツヤが居ればそれで良いと考えていた為だろう。


 しかし、高校に上がると、そんなヒナコの心境にも変化が訪れた。


 高校でも多くの友人に囲まれるテツヤを見て、ふと思ったのだ。


 “わたしはテツくんだけなのに、テツくんにはわたし以外の人がいる――”


 今までは考えもしなかったことだが、ヒナコの中ではそれが酷く不公平で寂しいことのように感じられた。


 ならば、自分も作れば良い。


 そう思ったヒナコは、もう入学してから半年が過ぎるという微妙な時期に、誰彼構わず話し掛け、同学年の各クラスに一人か二人ずつ、挨拶を交わす程度の歪な人間関係を構築した。


 ヒナコは本当に何をやってものろまで下手糞だった。


 テツヤは初めて見せるヒナコの積極性に驚きつつも、それを喜び、嫌味にならない程度に協力をした。


 ヒナコは優しさと気遣いをくれるテツヤに安心しながらも、人生で初めて、そんな彼に対し苛立ちを覚えたのだ。


 ヒナコは自分が安心しているのか、それとも苛立っているのか……とにかくテツヤへの感情を持て余すようになった。


 ちょうどそんな時だった、ユウトが転校して来たのは――。


 ユウトはどんな心情からか、ヒナコに積極的に話し掛けた。


 当初は困惑し無口だったヒナコも、ユウトの口から、幼稚園から小学校低学年までは同窓だった――と聞き、次第に心を開き始めた。


 ヒナコの中で、ユウトくんはテツくんみたいに昔から自分を知っている――そう思えたことが、安心感に繋がったのだ。


 それ以来、ヒナコはまるでひな鳥が親鳥を見るのように、ユウトを慕っている。


「俺ちょっとトイレ行って来るわ。あ、ヒナコも連れションする?」


 いつも通り、ヒナコに対して自身の武勇伝を披露していたユウトは、高笑いを残して教室を出て行った。


 ヒナコは少し考えて、直ぐにユウトの後を追うことにする。別にトイレには行きたくはないが、トイレの前でユウトを待つのは良いだろうと考えたのだ。


 ヒナコがユウトを追って廊下に出ると、テツヤ絡みで知り合った別のクラスの女子二人が駆け寄って来た。


「ねぇ、ヒナコってさ、テツヤ君と別れたの?」


「最近、一緒に居ないよね」


 ヒナコは首を傾げた。


「私とテツくんは付き合ってないよ?」


 昔から度々される質問に、ヒナコは慣れた様子で答える。


 すると、これも昔から変わらない。聞いて来た二人の胡散臭そうな表情と訝し気な声色。


「えー、でも、学校の行き帰りもだけど、いっつも一緒に居るじゃん」


「家の方向が同じだから一緒に帰ってるだけだよ」


 とにかく何でもなさそうに答えないと、相手が怒り出してしまうことをヒナコは良く知っている。


「じゃあ、テツヤ君のことは何とも思っていないんだ?」


 その言質を取るような言い方に、ヒナコは少しだけ気分が悪くなるが、それを表に出すことはない。ヒナコにとって、この手のやり取りだけは本当に慣れた物なのだ。


「えーっと、友達だと思ってるよ?」


 幼馴染とは言わず、あえて友達と答えるヒナコ。


「じゃあさ、私達がテツヤ君を遊びに誘っても大丈夫だよね?」


 どうして自分に聞くのだろう、そう思いながらもヒナコは頷く。


「良かったら協力してよ、協力してくれたら私達もヒナコのこと応援するし」


 そう言って、彼女達が目を向けた先には、トイレから戻ってきたユウトの姿。


 つまり、ヒナコは彼女達とテツヤの仲を取り持ち、彼女達はヒナコとユウトの仲を取り持つ、そういう相互協力の提案だった。


 ヒナコの巡りの悪い頭が遅まきながらもそのことを理解した瞬間に、グラリと視界が揺れた気がした。


 湧き上がるこの感情は何なのか、心臓だけが痛い程に強く鳴っている。


 ヒナコは自身の変調に混乱しながらも、曖昧な微笑みを浮かべてこう答えた。


「どうすれば、良いの……?」


 その返答に、二人は嬉々とした様子でその手筈の説明を始めた。


 ヒナコにとって、テツヤに関するこのような要請や相談は慣れた物の筈で、それどころか今回は、見返りと言っては何だが、最近ヒナコがご執心のユウトとの仲を応援してくれると言う。


 変わり者で、人付き合いをしてこなかったヒナコが、初めての友人であるユウトに対し恋愛感情を抱いているかは別として、傍から見ればそれは対等な提案に思える。


 しかし、どうしたことか、提案を受けたヒナコの頭に思い浮かぶのは、どうしたってテツヤのこと、テツヤの姿だった。


 ヒナコはそんな自分に困惑しながらも、目の前の二人を改めて観察する。


 一人は美人で運動ができ、一人は可愛くて勉強ができる子。学年どころか、校内でも有名な二人だ。


 そんな二人が、頬を赤らめて、興奮した様子で、テツヤを遊びに誘うことを話し合っている。まるで、可憐な鳴き声で囀り合うカナリアの様に――。


 そんな二人の声をどこか遠くに聞きながら、ヒナコはテツヤのことを考える。


 テツくんは、なんて答えるんだろう……。



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