ポンコツ幼馴染の愛し方

osa

第1話『幼馴染』

 



 テツヤとヒナコは、生まれ落ちた時からの幼馴染だった。


 何でもできる聡明なテツヤと、何事にものんびりなヒナコ。


 二人の関係はいつだって、助ける側と助けられる側、その図式で固定されていた。


 テツヤはヒナコの助けになれることが誇らしかった。


 何せ、彼が勉強に運動にと頑張って来たのは、全てがヒナコの助けになりたいが為であり、周囲も認める“聡明なテツヤ”とは、ヒナコのどんくささによって形成されたと言っても過言ではない。


 対し、ヒナコにとってのテツヤは救いの象徴だった。


 厳格な家庭に生まれ、幼少から勉強に習い事にと多くを課せられた彼女は、生来の低スペックがたたり早々に壊れた。以降は家族の落ちこぼれとして冷遇される日々。昔から、テツヤだけが彼女の寄る辺だった。


 一方は自己を形成する核であり、また一方は唯一の拠り所。


 互いが互いに寄り掛かり、結果的に支え合う形となって、歪なバランスを保ちながら共に歩んで来た。


 そのバランスが崩れる時、互いにとって不変不可欠であったその関係にも変化が訪れる時なのだろう。











 朝の通学路には、同じ格好をした学生達が同じ方向を目指して歩いている。


 その中にあって、一際目立つ男女の二人――テツヤとヒナコ。


「うぅ、眠いぃ~……」


「ほら、そっちに行くと電柱にぶつかるよ?」


 甘えた声を漏らすヒナコの手を引いて、テツヤが通学路を先導する。


 小学校から現在に至るまで、周りの景色は変われど、二人の登校姿は変わらない。毎朝眠そうなヒナコを、テツヤが手を引き背を押して、学校まで連れて行く。


「テツくん、眠いよぉ……」


「はいはい、もう少しで学校だから」


 ぐずるヒナコとあやすテツヤ。


 その様子は、見ている方が恥ずかしくなるような親しさで、現に小学校の時には“夫婦だ”などとからかわれ、中学の時は“恋人同士”などと勝手に公認されていた。


 そんな近しい距離感と優れた容姿も相まって、テツヤとヒナコは美男美女の似合いのカップルとして据えられていたが、そこには必ず“見た目は”という前置きが付いた。


 如何せん、中身が違い過ぎた。


 テツヤは何でも卒なくこなし、ヒナコは何をやってものろまで下手糞だった。


 当然、そのギャップは周囲に認められず、ヒナコは理不尽にもそのことを責められて来たし、テツヤにしてもそれを理由にヒナコから離れるよう迫られた。


 それでも二人の関係が壊れなかったのは、ヒナコのマイペースさとテツヤの周りへ気配りに寄るところが大きい。


 だからこそ、この先も何があろうとも二人の関係は変わらない。


 そう、思われた――。


「それでね、ユウトくんってね、本当に勉強も運動もできてすごいんだぁ」


 通学の途中で、テツヤに手を引かれている内に眠気から覚醒したヒナコは、最近自身が執心している人物について上機嫌に話していた。


 選べる言葉が少ない為、どうしても子供っぽい話し方となってしまうヒナコ。いつまでも語彙力が貧困なのは、生れ付きの性能か、一度壊れた所為か、微妙な所だった。


「この前もね、授業で分からなかったところとか、いろいろ教えてもらっちゃってね、それでね――」


 テツヤはその話一つ一つに丁寧に相槌を打って聞いており、顔に浮かんだ笑みは優し気で、それは一生懸命に話すヒナコへと向けられている。


 実に仲睦まじく、微笑ましい光景。


 しかし、誰も気付かないような、本人さえも気付いていないような違和感を上げるとするならば、聞き手であるテツヤの表情が不自然な程に変化を見せないこと。


 先程から、凍り付いたように同じ笑みが貼り付いている。


 そんな折に、二人に向かって声が掛けられた。


「よう!ヒナコ、テツヤ!」


 陽気な挨拶と共に登場したのは、話題の人物、ユウトだった。


 ユウトは約一ヶ月前にテツヤとヒナコが通う高校に来た転校生という立場であり、同時に、テツヤ達とは幼稚園から小学校の低学年までを同窓として過ごした間柄。


 当時は親しい間柄ではなかったが、ユウトは昔馴染みのように接してくる。


「あ、ユウトくんおはよぉ!」


 まるで歓声のように挨拶を返すヒナコ。


「ねぇねぇ、ユウトくん、昨日言ってたやつなんだけど――」


 子犬のように駆け寄るヒナコに、満更でもなさそうなユウト。あっという間に二人の空気が出来上がる。


 テツヤは何とも形容し難い気持ちになりながらも、二人の隣に並んで歩く。


 すぐ隣では、ヒナコとユウトの会話が弾んでいる。


 その声を聴きながら、これはなんと呼ぶべき感情なのだろう――と自身の中に渦巻く情動に、今日こそは名前を付けてやろうと考える。


 思考を巡らすテツヤの内には、ヒナコの楽しそうな声が響いていた。



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