4章 初仕事

俺達は昼食を取るため、食堂へ向かった。

 食堂は魔王城で働いている魔族達で溢れかえっている。ゴブリンやドワーフから、上位のリザード種やオーガ種まで。


 その中へ人間が入って行くのだから、かなりの勇気がいる。魔王の計らいで、俺達は遠く離れた地の異種族という事になっているらしい。

 魔族からすればなんとも無いのだが、元冒険者としては、こんな魔物の巣窟に1パーティで入って行くのは余りに危険だ、という感情が働いてしまう。


 異形の魔物が数多く存在している中で、人間の姿は少し浮いている。俺達は食堂の隅にある4人用テーブルに座る事にした。


「ふぅ、ここもかなり疲れるな。」

「ここに馴染むのは、凄く大変かも。」

「周りがモンスターだらけなのよね、ここ。」

「声が大きい!てか、ここは魔王城なんだから、モンスターがいるのは当然だろ。」


 気のせいだろうか。モンスター達が一瞬こっちを睨んだ様な気がした。だとしたら100%咲良コイツのせいだ。

 俺の予感が的中したのか、突然近くのオーク達が声をかけてきた。


「お前ら...何処の種族だ?」

「え?えーっと...。」


 マズい!種族名なんて考えて無いぞ!どうする、どうする...?


「私達は『インフィニティ・ロード』という種族。最近、遠い場所から魔王城に来たばかりなんです。」


 ナイス、ナイスだ亜耶香!この世界に来て、お前の言い訳の才能が開花したんじゃ無いか⁉︎

 だが亜耶香よ、『インフィニティ・ロード』は恐らくTAGが著作権を保有しているんだ...。


「インフィニティ・ロードだぁ?聞いたことの無ぇ種族だな。...待てよ?遠い地から来た異種族ってことは...!」


 俺は死を覚悟した。完全にバレたと思った。命を取られ、魂を消されて2度と蘇生出来なくさせるんだ、と思った。そして、オーク達は俺達の手を厚く握った。


「お前達が、新しく魔王城で働くっていう奴らだな!魔王様から話は聞いてるぜ。」


 良かったぁ...。死ぬかと思った。なんとか助かった。それにしても、こんな下級オークも魔王から情報を受けていたのか。そして、次にオークはこう叫んだ。


「おーい、みんな!昨日魔王様が話していた奴らがここにいるぞ!」

「何⁉︎」

「おお、アイツらか!」

「魔王様に気に入られてるんだろ⁉︎」

「良いな〜!俺も魔王様直々に紹介されたい...。」


 大量のモンスター達がこちらに押し寄せて来る。


「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!うわ、狭...。」

「何よコレ!どうしてこんな押されてんの⁉︎」


 俺達はモンスターの波に押され、今にも体が潰れそうだ。というか、すでに潰れてるかも。


「歓迎会をするぞ〜!」

「夜は酒だ!」

「そうと決まれば、早速準備するぞ!」

   「「「「「「「「おー!」」」」」」」」


 モンスター達はなんだか盛り上がっている様なので、一先ずは良しとしよう。ただ、夜に宴だ、とかいうのは迷惑だなと思う。


「うう、どうしてこんな事に...。」

「まあ良いんじゃ無い?そんな悪い奴らじゃ無さそうだし。」


 お前のせいでこうなったんだろーが!というツッコミは心の中にしまい、とりあえず食事を取ってくる事にした。


「そういえばさ、朝食に出てた良く分からん食べ物めちゃくちゃ美味しく無かった?」

「ああ、あの肉とかだろ?俺もう凄い勢いで食っちまったぜ!」

「あれは、とても美味しかったと思う。また食べたいな。」

「見た目はかなりの物だったけどね。最初見た時はびっくりしたわ。」


 そう言いつつも、俺達は再認識する。

『魔界の食べ物は、めちゃくちゃ美味い。』と

 食堂の飯は手渡し食券制で、日本の学食を思い出す様だった。それに、メニューも豊富で量も丁度良い。結局、俺達が頼んだどの料理も物凄く美味しかった。


 全ての料理を食べ終わった後、オークに声を掛けられた。オーク集団の長の様だ。


「俺はオーク達のトップ、ボアだ。さっきは仲間が急に押し掛けて済まなかったな。」

「俺達オークは宴とか祝会が大好きなんだ。だから何かと宴会を開きたがる。仲間達はもう張り切ってるんだ。歓迎会の話、受けてくれ無えか?」


 わざわざ俺達に承諾を取りに来たのか。オークも馬鹿に出来ない良い種族だな。


「もちろん、そんな大きな会を開いてくれるっていうならこっちが大歓迎だ。オーク達のおかげだ、ありがとう。」

「え、お、おう!これで全員から承諾が取れた。どうせなら魔王様も呼んでみよう!」


 ボアは走り去って行った。というか、オークから魔王に連絡取れるのか⁉︎上下関係どうなってるんだ、魔王城...。


「みんな、もう12時50分。急いで行かないと、間に合わないかも。」

「え⁉︎もうそんな時間か⁉︎あそこまで10分なら...余裕だけど、5分前には着いて置きたいしな...。」


 俺達は食器を片付けて、集合場所までの道のりを急ぐ事にした。初日なんだから、遅刻は恥ずかしい。

 それから早歩きをする事7分、集合場所に到着する事が出来た。


(走っても良かったけど、魔王城の廊下に『走ってはいけません』って張り紙があった...。それも小学校に近い感じのやつ。)

 掃除長はすでに待っており、すでに準備万端と言った様子だ。


「ここから真っ直ぐ行って右の部屋に、掃除用具室があります。そこに専用装備が置いてあるので、それを着て下さい。それから、それぞれ伯耆と雑巾を持ってきて下さい。」


 掃除長が言っている装備というのは、彼が今着ている物の事だろう。バンダナにエプロン、白マスクだな。伯耆と雑巾はその部屋にあるのか。掃除機は無いのか...?


 掃除用具室で準備を整え、再度掃除長の元へ。


「それでは、掃除を始めましょうか。他の掃除隊員には既に始めてもらっています。今日のあなた達の担当は、魔王城2階の廊下です。」

「廊下と言っても、床だけで無く窓や壁も掃除する事になっています。ですから、2人組でやって貰います。片方は東側、もう片方は西側です。」

「今は1階ですが、2階にはすぐそこの階段を使うと早いですよ。」


 ご丁寧に階段の位置までありがとうございます。と俺が言う前に、掃除長は紙を渡して行ってしまった。


「これは...?なんの紙だ?」

「コレ...当番表みたいなやつだわ。」


 そこに書かれていたのは、日替わりの当番表。つらつらと名前が記されている。俺は...水曜『2階廊下・東』と書かれている。魔界って曜日あったのか。

 ペアは...亜耶香だな。ここで陸を引いていると、地獄を見る。


「ちょっと⁉︎私のペア陸なんだけど⁉︎」

「なんだよ、俺じゃ悪いか?」

「そうじゃ無くて、アンタ掃除全く出来ないじゃない!」

「陸は、掃除があまり得意じゃないだけ。そんな風に言わないであげて、咲良。」

「いや〜、それは済まねえな。掃除はどうにも出来ないもんでさ。」


 陸はヘラヘラとしている。大丈夫か?このペアで。

 とりあえず、俺達は別れて作業をする事にした。2階の東側へ向かう。


「この城、かなり綺麗に整備されてるな。」

「初めて来た時、魔王が『新しい城』って言ってた。」

「ああ、そういえばそうだっけ...。」


 よく覚えてるな、そんな事...。それにしても綺麗な所だ。日本でも、こんな所は滅多に無い。モンスターが大勢居るのに、どうして此処まで保つ事が出来るのだろうか。


「掃除隊の人達が、綺麗にしてくれているのかな。それとも、大掃除のすぐ後だったり...?」


 今心読まれたのか?と思う程に、適切な事を言ってくれた。恐らくは掃除隊の人達がやってくれていたのだろう。


「掃除隊がやってたんだろ。他にも色んな所で掃除してるらしいし。」

「そういえば、そうだね。...私達も、そろそろ始めよう。」

「そうだな。」


 俺達は掃除を始める事にした。紙に書いてあった内容通りに始める。まずは床を伯耆で履き、その後雑巾掛けをする。これが1番大変だろう。広い床の全てを掃除しなければいけないのだから。次に壁を拭く。


 魔王城の壁は石で出来ている場所と、木製の場所がある。石造りの壁は雑巾で、木製の壁は乾いたモップの様なものを使う。そして最後に窓拭きだ。雑巾と濡れた紙を使って拭く。窓は内側と外側で二重にあるので、壁の2倍の作業が必要だ。労力は床と同じくらい割いただろう。


 窓拭きが終わり、俺達の体力も限界に近づいていた頃。ようやく仕事が終わったので、俺も亜耶香も疲れで座り込んでいた。


「もう、動けないかも...。」

「そうだな。俺も限界だ...。」

「多分、咲良ちゃん達も同じ状況のはず。これは、とても疲れるね。」

「アイツらはもっと大変だろうよ。」


 陸がいるからな。と俺が言おうとした時、足音が聞こえてきた。廊下の奥から、数人の足音だ。

 そして、その足音の正体は、俺達の視界の奥に現れる。角を曲がって出てきたのはー魔王だった。


 魔王がこちらに歩いてくる。しかも、何人かの幹部を従えて。咄嗟に俺達は立ち上がり、直立した。

 掃除長から、『仕事中に魔王様が通ったら、礼をして待っていて下さい。』と教わった。魔王が10mほどの距離に来た時、俺達は礼をした。


「む...掃除隊の者か。今日も廊下は綺麗に保たれているな、いつも感謝しているぞ。...って、よく見たらお前達ではないか...。」


 魔王は掃除隊にも話し掛けるのか。律儀な奴だ。


「まあ、お前達であれ掃除隊には感謝している。この城の清潔さを保ってくれているのは、他ならぬお前達なのだからな。これからも頑張ってくれ、カズトシにアヤカ。」


 そう言って、魔王は幹部達と共に去って行った。

 俺は礼をしていたはずだが、自然と体が上がっている。それに、とても気持ちが高揚している様だ。


 はっきり言ってしまえば、『魔王の言葉に感銘を受けた』。魔王はこの城の全てを統括している身だ。たとえ俺達だったとしても、一介の掃除係に声を掛けたりしないだろう。それに、声を掛けてもあんなに長々と謝礼を言う事も無い。

 魔王の行動は、現代社会においてもかなり称賛に値するものだ。俺だって、掃除をやってこんなに感謝された事は無い。


 振り向くと、亜耶香も棒立ちしていた。礼の姿勢を崩している。


「今の言葉、ちゃんと聞いてたか?」

「うん、魔王の言葉でしょ?」

「俺、滅茶苦茶感動したんだけど。」

「私も、凄く嬉しかった。掃除やって、あんな事を言われたのは初めて。」


 やはり、亜耶香もかなり感銘を受けている様だ。そうだよな。仕事終わりにあの言葉を聞いたら、誰でもこうなる。『ああ、やってて良かったな。』という気持ちと達成感に満ち溢れる。


「俺さ、一生懸命働くわ。魔王はやっぱ凄い奴だ。最初にここに来た時から思ってたけど、凄く礼儀正しいし、性格も良くて、部下を労う働き者だ。昨日の夜、俺の部屋の前で仕事の事を考えてたんだ。あの時間まで働いてるなんて、相当だ。」

「だから、俺は魔王を尊敬する事にした。他の奴らに習って、魔王様って呼ぶ事にする。」

「私も、魔王は凄いと思う。数少ない、私が尊敬する人の1人になった。だから、魔王様って呼ぶ事にした。」


 うん、そうなるよな。魔王様が部下からあんなに信頼されているのは、彼の性格のおかげだろう。魔王城のモンスター達が、あんなに良い奴等ばかりなのも、魔王様の指導の賜物だろう。数々の部下に影響を与える程凄い人だというのがよく分かる。

 たった一言でも、ここまで尊敬できる人物なのだ。魔王様という存在は。


 俺達はしばらく魔王様について考えた後、仕事が終わった事を報告しに戻った。

 元の場所に戻ると、掃除長はまだ掃除の最中だった。数分後、掃除を終えて戻って来る頃には、咲良達も到着していた。


「仕事、お疲れ様でした。今日はもう終わりですよ、5時ですし。4時間の労働お疲れ様でした、解散です。」

「はい、本当にお疲れ様でした。そう言えば掃除長、俺達さっき魔王様に声掛けられたんですけど...いつもあんな感じなんですか?」

「私達も会ったわ。幹部の人達と一緒だったみたいだけど...。」


 なんと、咲良達も会っていた様だ。2階の廊下をぐるっと回ったのか⁉︎


「ああ、魔王様の城内視察ですね。いつも行っていらっしゃいますよ?というか、毎日定時に近くなると、部下達の様子見に回るんですよ、あの方は。」

「え⁉︎毎日ですか⁉︎それは凄いな...。」


 そんな大変な事をやっている人は見た事が無い。どれだけ律儀なんだ、魔王様は...。部下達の仕事への情熱を絶やさない様にやっているのか。それにしても凄い。


「魔王様は律儀なお方です。これで分かったでしょう?素晴らしい方だと。」

「はい、それはもう感激しました!一言で凄く感銘を受けました!」

「私も、凄い人だと思ったわ。敬意の念を込めて、魔王様って呼ぶ事にしてるの。」

「魔王様の素晴らしさを分かって頂けて良かったです。これからも仕事を頑張りましょう。」

「はい!」


 掃除長もかなり良い人だと思う。丁寧な言葉遣いだしな。...おっと、これから宴会があるのか。

 俺達は食堂に向かう事にした。


 そこで俺はふと気付いた。

 魔王様は素晴らしい人だし、掃除長は良い人だ。魔族達も俺達を大歓迎してくれている。

 1つ自分にこう問おう。


 ー魔王軍は、本当に悪者なんですか?ー

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